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先日公表された高校3年生対象の英語力調査結果は、近年進めてきた文科省の「コミュニケーション能力の育成」という教育方針が効果をあげていないことを明らかにしました。そこで筆者は、前回の<番外>投稿において、文科省は英語教育に関する従来の方針を転換すべきであると提言しました。すなわち、これまでの「コミュニケーション能力育成」一本槍の目標ではなく、もっと多様な学習目的に対応することのできる、柔軟な施策に転換する必要があるということです。筆者のこの提案に対しては、幾人かの方々から賛同の意を表するコメントをいただきました。

学習者の多様な目的に対応することのできる指導方策の一つとして、筆者はこれまで、「さまざまな学びの価値に気づかせる教育」を提言してきました。それは、学習者が英語の学びの途上で気づく学びの価値に注目します。すなわち、学習者は次々に新しい価値に気づくことによって学びの楽しさを体験し、そうしながら、外国語の習熟という長期にわたる学びを継続していく態勢を自己のうちに作り上げていくのです。前回は、英語という言語を学ぶ経験の中で、「言語の相対性についての気づき」を得ることの重要性、すなわち、それによって生徒たちが自己空間を拡大していくことの重要性ついて述べました。

今回は、言語と深く関連している文化の学びを考えてみます。言語と文化が密接に関連していることについては、人々はそれを当然のこととして理解していると思われます。日本語は日本文化と切り離しては考えられません。「ぼくはウナギだ。」という文を理解するには、日本の文化を知る必要があります。日本語を学ぶことは、すなわち日本文化を学ぶことでもあります。英語は、英米の文化と切り離しては考えられません。Easter というのは「復活祭」のことだと知ったところで、それが何であるかを知らなければ意味がないでしょう(注1)。もっともHalloweenは、最近、日本でも「ハロウィーン」と呼んで、子どもたちが何かをして楽しむ日になっているようです。しかしその由来を知っている人は少ないのではないでしょうか(注2)

このように英語を学ぶことは、イギリスやアメリカなどの英語文化を学ぶことでもあります。以前はそのように考えられていました。ところが20世紀の終り頃から、私たちの英語教育は英語をコミュニケーションの単なる手段とみなし、英語という言語を、それが成り立っている文化から切り離そうとする傾向が強くなりました。その理由は、英語はもはやイギリスやアメリカなどの特定の国で使われるローカルな言語ではなくて、世界中の国々において使用されるリンガフランカになったからだというのです。たしかに、日本人が英語を使う相手も英米人やオーストラリア人やカナダ人だけではなく、フィリピン人やインドネシア人やインド人であるかもしれず、その人々とのコミュニケーションも必然的に英語になるというわけです。

実際に、英語は他のどの言語よりも、世界の多くの地域で通用する言語です。そのため世界のリンガフランカ(意思伝達のための共通語)の役目を果たしていると言えないことはありません。しかしそういう使用目的の言語であれば、英語でなくてもよいのではないでしょうか。たとえばエスペラント(Esperanto)のような人工的に創案された言語でもよいはずです。あるいは、もっと数学的に記号化されたコンピュータ言語のようなものでもよいかもしれません。しかし、それらの言語が英語に取って替わることはないと思われます。なぜなら、そのような人工的な言語には人間らしさが失われてしまうからです。「人間らしさ」とはすなわち「文化」です。実際に、エスペラントが当初予想されたほどには普及しなかったのも、そのような理由からでした。人間は文化的な匂いのする言語を好むのです。

文化は、私たちの使う言葉に人間らしさの味付けをする役目をしています。自然に生育したリンゴはいかにも美味しそうに見えます。事実、食べてみて美味しい。しかし人工的に作られたプラスチック製のリンゴをかじりたいとは誰も思わないでしょう。人々の使う言葉には、それぞれ特有の文化的な味わいがあります。言葉を学ぶときには、自国語の学びも含めて、人々の使う言葉の味わいを感得するのはこの上なく楽しいことです。英語を学ぶのならば、文化を抜きにして学ぶことは賢明ではありません。学びの重点が「コミュニケーション能力の育成」に置かれることはあっても、そこに含まれる文化の学びをも尊重すべきです。もし英語の学びから文化が完全に取り除かれるとしたら、学ぶ生徒たちは、英語を学ぶ重要な価値の一つである文化的気づきを経験できないことになります。そのような英語の学びを筆者は想像することもできません。

そこで次回には、英語の学びの途上で生徒たちが気づくであろう「文化の相対性」の内容について述べる予定です。

(注1)Easter はイエス・キリストの復活を記念するキリスト教最大の祝日です。その由来は新約聖書の四つの福音書(マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝)に記載されています。毎年3月21日以降の満月の次の日曜日(満月が日曜日の場合はその次の日曜日)で、その日をEaster Day またはEaster Sunday と言います。今年(2015)は4月5日がその日に当たります。キリスト教でEaster を祝わない教派はないようですが、Easter の呼び名は異教徒の祭りから来ているという理由で、Easter とは言わずに、単にthe Resurrection (復活祭)と言う教派もあります。なお、キリスト教のもう一つの大きな祝日である12月のクリスマスについては、聖書に根拠がないという理由で、特にお祝いをしないキリスト教の教派もあります

(注2)Halloween というのは「諸聖人の日」(All Saints’ Day)の前夜祭のことで、10月31日に行われます。Allhallows Eve とも呼ばれます。これはスコットランドで始まり、その後アメリカ大陸へのスコットランド移民の間で行われていましたが、近年になってアメリカを中心に日本などにも広がっています。子どもたちがjack-o’-lantern(かぼちゃのちょうちん)を作って遊ぶなどすることで知られています。この祭りの由来はたいへん古く、古代ケルト人が1年の終りに行った催し(魔女の宴会が開かれるという)から来ているようです。