Print This Post Print This Post

「デジタル編集」の是非
(1)デジタル編集のことは私には説明できませんが、対極には「アナログ編集」というものがあって、それなら多少説明できます。例えば音声テープの編集をする場合は、手作業でテープを切ったり、繋いだりしていました。録音スタジオには、その道のベテランがいて、オープン・リールの録音機(これも分からない人たちが増えていますが)で、手でテープを動かすと、キュッという音がして、その箇所を目で見ながら、ハサミで切ってしまうのです。前の箇所と繋げてから再生すると、うまく音が繋がっているのです。

(2)私は45年ほど前に、NHK ラジオの学校放送番組で、中学2年生の英語を担当したことがあります。ある時、「ベートーベンは多くのシンフォニーを作曲した」という英文があって、「日本語ではシンフォニーは交響楽と言い替えた方がよい」というディレクターの指示で、私は「こうきょうがく」と言おうとして、うまく言えませんでした。「先生、繰り返して言ってみて下さい」との指示で、何回か言ってみました。「はい、結構です」と言うので、それから本番かと思ったら、「うまく言えているものを繋げますから」とのことでした。そんな名人芸が実在していたのです。

(3)10年ほど前に、最後に勤めた大学では、「デジタル編集機」というものを買ってもらえましたが、私にはとても扱えませんでした。操作方法を知っている人に言わせると、「アナログ編集よりはるかに楽だ」とのことでした。そこで本題に戻りますが、この頃のテレビ画面はやたらとデジタル編集をしていると感じませんか。クイズ番組など、肝心なところでコマーシャルを挟むものですから、正解を知りたい場合は、いらいらします。しかも CM が終わると、少し前の部分から繰り返しますから、「そこはもう見たよ」と言いたくなります。

(4)番組によっては、再放送なのか、本放送なのかちょっと見ただけでは分からないものが多くあります。肝心なところに来ると、「詳しくは日曜日の午後10時から」ということで、「何だ、予告か」とがっかりさせられます。とにかくテレビ画面は何か映っていないと始まらないのです。しかも、ニュース番組でも、同じような動画像を繰り返すものですから、聴くための集中力が阻害されます。もっと視聴者の立場を考えた画面構成をしてもらいたい、と思うのは私だけでしょうか。(この回終り)