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「セサミ・ストリート」の復活
(1)いささか旧聞に属しますが、去る9月1日の The Daily Yomiuri に、’Sesame Street’ gets Nigerian makeover という見出しがありました。「“せサミ・ストリート”ナイジェリア版で復活」といったところでしょうか。ナイジェリアはアフリカ北西部の大きな国で(面積は日本のほぼ倍)ですが、平均寿命は50歳を少し超える程度で、乳幼児の死亡率が高いのです。宗教はイスラム教が50%で、キリスト教が34%ですが、民族数も多く、複雑な状況のようです。識字率も64%と低いので、“セサミ・ストリート”を活用しようということらしいです。

(2)“セサミ・ストリート”は、日本でも NHK やテレビ東京などが、長い間放送していましたので、ご覧になった方も多いと思いますが、1970年頃、私は高校生の教え子から次のような質問をされたことがあります。「登場人物やキャラクターの話す英語はすごくスピードが速いのに、終りのほうでは、アルファベットの文字や数字の読み方や書き方みたいなことをやっているのは何故ですか」。これは、このプログラムの本質的な意図に関係することで、「日常会話は困らないけれども、文字とか数字のような記号の読み、書きができないという子供を対象に作られたプログラムなのです。

(3)したがって、日本人が外国語としての英語を学ぶような場合の教材ではないのです。日本の放送局がどういう意図で放送していたのかは、私は知りませんが、大人も子どもも惹きつける魅力のある画面構成であったことは確かです。その作成は、心理学者や教育学者などの専門家からなるプロジェクトを組んでの大事業だったのです。ナイジェリアは、19世紀にはイギリスの植民地でしたから、現在でも英語は公用語の1つですが、識字率が低いので、前述のように、この番組を利用しようというわけでしょう。版権を無視した中国の偽キャラクターと違って、ナイジェリア版は正式な許可を受けているようですが、新聞の写真に出ているキャラクターは、原作のものとはかなり異なっています。それはそれで、当然なことでしょう。

(4)一言で、「英語を学ぶ」といっても、その目的や方法はいろいろ違いますから、他の国でうまくいっている方法が、自分の場合に成功するとは限りません。文科省は、「コミュニケーション能力を養成する」ことを目的としていますが、「コミュニケーションとは何か」とか、「母語の場合と外国語の場合では何がどう違うか」といった肝心な問題の解答を示していませんから、教育現場は混乱するばかりです。英語の教員は、国語の教員などと連携して、池上彰『伝える力』(PHP ビジネス新書、2007)などを生徒に読ませるようにしてはどうでしょうか。著者は、1994 年から NHK の「子どもニュース」の解説者として知られ、最近は、民放の番組でも、分かりやすいニュース解説者として評判ですから、中学生でもかなり理解できる本のはずです。(この回終り)