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文化と関連して、現在世界の多くの地域で問題となっている「人種(的)差別」(racial discrimination, racism)について考えてみましょう。人種は文化とも関係がありますが、両者は同じものではありません。人種というのは遺伝的に決定されているもので、人間の努力によって変えることはできません。それに対して文化は、人間集団の意志によって変えることができるものです。多くの文化は、長い時間をかけて人々が作り上げてきたものですから、一朝一夕に変えることはできないかもしれません。しかし辞書の定義にあるように、文化は「特定の時期の特定の人間集団によって作られた習慣、信念などの人間による思考の産物」(LDCE)ですから、その集団の意志によって変えることは決して不可能ではありません。

人種差別とは、「異なる人種に属する人々を嫌ったり、不公平に扱ったりすること」(dislike or unfair treatment of people who belong to a different race)と定義されます。人種差別は長い歴史を持っており、現在も多くの地域で紛争の種となっています。その典型的な例がアメリカ合衆国に見られます。そこでは白色人種が各種の特権を享受していて、アメリカ原住民を含む有色人種や、かつて奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人に対する偏見は、一部の(と言うよりも、かなり多くの)白人の中に今も抜きがたく残っています。とりわけ黒人は、白人から、劣った人種だという偏見の目をもって見られています。こうした偏見と差別との闘いは壮絶をきわめました。そして今もなお続いています。合衆国における黒人の差別撤廃に向けての概略の歴史は次のようです。

まず南北戦争を機に、1865年、連邦政府が奴隷解放を宣言しました。しかし連邦憲法が修正され、制度としての奴隷制度は廃止されましたが、その後もそれに従わない州がいくつもありました。また、アフリカ系住民の投票権を制限したり、乗合バスで白人との同席を禁止したりする不合理な法的差別が公然と行われていました。1950年代になって、黒人の間にこうした人種差別に対するボイコット運動が生まれ、しだいに広がりを見せ、1963年のワシントン大行進へと発展しました。そしてついに1964年、公民権法が成立し(注1)、これによって黒人差別の問題は法的に大きく前進しました。この運動の先頭に立ったのは、かの有名なキング牧師(Martin Luther King, Jr. 1929-68)でした。

しかしそれで黒人の闘争は終わったわけではありません。キング牧師は1968年、テネシー州のメンフィス(Memphis)で凶弾に倒れ、それを機に全米168の都市の市街地で暴動が起こったと言われています。そしてそれから約50年を経た今日、かつてのキング牧師の時代のような統一された黒人闘争は見られなくなりました。それに代わって、全米各地で散発的に起こる警官による黒人の射殺事件や暴行事件がしばしば報道されるようになりました。今年4月4日には、サウスカロライナ州のノースチャールストン(North Charleston)で、武器を持たない黒人を白人警官が背後から銃で射殺するという事件がありました(その様子は、たまたま近くにいた人がスマートフォンのカメラで撮影していました)。そして同じ4月12日には、メリーランド州のボルチモア(Baltimore)で、警官による黒人の暴行殺人事件が起こりました(注2)。これらの事件をきっかけに、現在、黒人差別に対する抗議運動が全国的な広がりを見せています。

このように、黒人の人権差別問題はキング牧師の死後も延々と続いています。2009年には史上初めての黒人大統領が誕生し、表面的には黒人への差別はかなり改善されたかのように見えました。しかし多くの白人の意識の中には、黒人への強固な偏見がまだ根強く残っていることを否定することができないようです。そのことだけではなく、その背景には黒人たちの失業と貧困という社会問題が横たわっています。そのことが黒人への偏見をさらに強固なものにします。そういう要因が重なって、警官による黒人の不当な逮捕や暴力が繰り返され、それに対して不満をもつ黒人たちが市街地を略奪するという悪循環を引き起こしているのです。

では日本での人種差別はどうでしょうか。そういう種類の差別は日本には存在しないでしょうか。たしかに合衆国のような人種差別というようなものはないようです。しかし人種という概念をもう少し広げて、それを民族や国民にまで拡大すると、そのような人々に対する偏見と差別は日本にも厳然として存在します。日本の場合は「人種差別」と言うよりも「人種的差別」です。いちばん顕著な例は朝鮮民族に対する偏見と差別です。最近大きな問題となっている在日朝鮮人に対するヘイトスピーチがその典型的な例と言えるでしょう。それは明らかに言葉による暴力です。なぜそのような暴力的発言がほとんど無制限になされるのでしょうか。ひとつには、日本ではこれまで法的な規制がなされてこなかったからです。しかしそれだけではありません。

その詳細な議論は次回に回すことにして、ここでは重要なことを一つだけ挙げます。その暴力は、これまでの日本の学校教育が、日本と朝鮮半島との交流の歴史をきちんと教えていなかったことが一因です(注3)。ですから、人々はヘイトスピーチが間違っていると感じても、なぜ間違っているのか、どこが間違っているのかを論理的に説明できないのです。教育は、望ましくない文化を望ましいものに変えることのできる、ほとんど唯一の武器なのです。

(注1)この1964年公民権法は11の個別の法律がまとめられたもので、公共の施設における人種隔離の廃止、公立学校での人種隔離と差別の排除、連邦政府との契約のもとで行われる事業での差別撤廃と差別を是正する措置などが定められており、公民権運動の10年間の成果を集大成する重要なものです。しかし、選挙権や住宅に関する差別、黒人に対する経済的な差別に関しては言及されていません。(辻内鏡人/中条 献著『キング牧師—人種の平等と人間愛を求めて』岩波ジュニア新書1993による)

(注2)今年4月12日、Freddie Grayという25歳の黒人が、手錠をかけられてボルチモア警察のパトカーに乗せられた。それから1時間足らずして出て来たときには、脊髄がひどく損傷し、昏睡状態であった。ところがボルチモア警察は、事件後2週間以上、Grayがなぜそのようなことになったのかを明らかにしなかった。Grayの葬儀が行われた4月27日の夜になって、市街地に暴動(放火、略奪、投石など)が起こった。その後黒人による同様の暴動がアメリカの都市部に広がっている。ボルチモアでは黒人に対する警官による残忍な暴力行為が頻発しており、2011年から2014年までの4年間に、100人以上の犠牲者が出ているという。(Time May 11, 2015 による)

(注3)師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書2013)は、人種差別を撤廃する教育の重要性を強調して次のように述べている。「これまでの学校教育は現代史を軽視し、侵略と植民地支配の加害の歴史をほとんど教えてこなかった。朝鮮半島の出身者とその子孫が数世代にわたり、なぜ日本に住まざるを得なかったのかという歴史的経緯さえ、日本社会の共通認識となっていない。これでは旧植民地出身者に対する差別がなくなるはずがない。」(203頁)