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文科省は6月5日、「生徒の英語力向上推進プラン」なるものを発表しました。その中には、2019年度から全国の中学3年生を対象に、新しい形式の英語テストを導入するという新奇なプランも入っています。翌朝の多くの新聞がそのことを取り上げて報道しました。本稿は、このプラン全体が官僚による机上のプランであり、実際には教育現場には機能しない、あるいは、かえって害を与えるかもしれない、と警告を発する目的で書かれています。まずウェッブサイトにより、文科省の言い分を要約するところから始めます。

文科省は昨年、高校3年生約7万人を対象として、その英語力を4技能別に測定する抽出調査を実施し、その結果を今年3月に公表しました。それは惨憺たるもので、高校3年生で中学生またはそれ以下の英語力しか持たない生徒が、約80%にも及ぶことが明らかになりました。4技能別では、「読む」で72.7%、「聞く」75.9%、「書く」86.5%、「話す」では87.2%にも達していました。つまり、高校3年生のうち、期待される英語力を獲得している者は、せいぜい20%くらいしかいないということです。「書く」や「話す」では15%にも達していません。

日本人の英語力向上に熱心な文科省関係者はこの結果に愕然としたことでしょう。なぜなら、国は「教育振興基本計画」(2013年6月閣議決定)において、「2017年度までに、中学3年で英検3級程度以上、高校3年で準2級~2級程度以上の英語力を持つ生徒の割合が50%に達することを目標とする」と決めていたからです。高校3年生対象のこのたびの調査から、文科省が早急に対策を講じる必要があると考えた(または、対策を講じるように上から命じられた)としても不思議はありません。なお今年7月には、中学3年生約6万人を対象とした同様の調査が行われることになっていますが、その結果も上記の到達目標(英検3級程度以上の生徒が50%)を大きく下回るであろうと予想されます。

そこで、今回の文科省による「英語力向上推進プラン」の公表になったと考えられます。その主なポイントは次の3つです。

(1)前回の目標数値をさらに引き上げ、2024年度までに、中学卒業時に英検3級程度以上、高校卒業時に準3級~2級程度以上がそれぞれ70%に達するようにする。この目標を達成するため、各都道府県は教員や生徒の英語力に関する数値目標や授業内容、教員研修計画などを盛り込んだ「改善ブラン」を作成し、達成状況などを毎年公表するよう求める。

(2)中学3年生全員を対象として、「読む・聞く・書く・話す」の4技能を測定する新テストを実施する。実施は2019年度以降、複数年に1度とする。そのための試行テストを今年7月と来年、中学3年生の一部に実施する。

(3)高校生については、2019年度開始予定の高校基礎学力テストなどで、4技能別の英語力を測定することを検討する。

これらはいかにも文科省のエリート官僚が考えそうな机上のプランです。というのは、官僚というのは中学・高校で優秀な(少なくとも同学年の上位20%以内の)成績を収め、一流大学またはそれに準じる大学を卒業し、難しい公務員試験に合格したエリートたちですから、成績の悪い生徒たちのことはほとんど分かっていません。また、そういう生徒を産み出す学校のシステムのこともよく理解していません。彼らの考案する教育プランはほとんど常に、実際の教育現場で直面している問題から遊離し、単なる机上のプランになりがちです。このことは、これまでの数々の学習指導要領の改訂にもかかわらず、文科省が作成した英語教育プランがほとんど、あるいはまったく、現場の実践に機能していないことで証明されています。

このたび文科省の公表した「英語力向上推進プラン」に関しては、筆者は次に述べる3つの論拠から、その実施に強く反対し、撤回または再検討をお願いします。

1.数値目標について:文科省が全国共通の到達目標を数値で示すことにどんな意味があるのでしょうか。70%というのは誰のための目標で、どんな根拠のある数値でしょうか。それは文科省の内部的な目標であって、公表すべき性質のものではないように思われます。この数値目標の提示は教育現場の多様性を無視するもので、無用の混乱を引き起こすことになるでしょう。日本の国土はさほど大きくはありませんが、経済的にも文化的にも、地域差は厳然として存在します。比較的に裕福層の多い都会とそうでない地方の都会では異なります。また都会から遠く離れた山村や漁村では、住民の暮らしは都会とは大きく異なります。人々の外国語の必要度も異なります。そういう地域差を考慮せずに、全国一律の数値目標で縛ることには問題があります。

2.新テストについて:中学3年生全員を対象とした4技能テストを実施すると言いますが、生徒のコミュニケーション能力は、全国一斉テストで測れるほど単純ではないと考えられます。4技能別のテストにすることは、従来のペーパーだけのテストよりも数段の進歩ではあります。しかしそれが真に妥当なものである保証はありません。ここで特記しなければならないのは、中学3年生というのは英語の基礎固めの途上にあることです。指導される語彙や文法もまだ実用からはほど遠い状態にあります。この段階で4技能別に各生徒の英語力を客観的に測定することには無理があり、詳細は省略しますが、さまざまな問題が生じることが予想されます。

3.テスト中心指導の弊害について:そしてもっとも警戒すべきことは、文科省が行う全国規模のテストというのは、学校教育をこれまで以上に、教師と生徒をテスト中心の指導・学習にのめり込ませることになることです。テストを頻繁に実施することは、必然的に、一人一人の生徒の学習課題を解決することよりも、その結果を比較する指導に重点が置かれます。いわゆる「成果主義教育」です。それと同時に、テストの結果を示す数値が独り歩きをする危険も無視できません。その危険はこれまでに実施された数々の文科省主催の全国一斉テストで明らかです。学校も教師も生徒も、そして保護者も、全国一斉テストの結果には非常な関心があります。人々は学校で行われている教育の内容よりも、テストの結果に関心を集中させます。そして他と比較してクラスの平均値がどうのこうの、学校や地域の学校の平均値がどうのこうのと論評します。たしかに、テストは生徒の学習の実態を知る上で必要なものです。文科省が英語教育の実態を知ろうとするのは当然のことです。しかしテストを学力向上の手段として使うならば、教育の「成果主義」を助長することは避けられません。なぜ文科省の行うテストは抽出調査ではいけないのでしょうか。一斉学力テストのこうした危険をも顧みることなく、今回の「英語力向上推進プラン」なるものを公表した文科省の真の意図は、それを実施することによって、全国の公立学校を自分たちの完全な支配下に置くことを狙っていると推測するほかありません。そうだとすれば、それは戦後日本の民主的教育の否定につながる危険なファッショ的プランであると断じざるを得ません。