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蟷螂の斧 ⑨ <メディアのいつか来た道>

3.いつか来た道とメディアの今

 前回は戦時中及び占領期の検閲について述べたが、日本のメディアはこれらの言論弾圧に何故これほど従順であったのか。それは、“権力に弱い”と言われる日本人の国民性に由来するものではないかという疑問を私はぬぐうことができない。作家の司馬遼太郎は「日本には農村的現実主義というものがあるだろうと思います。これが今まで日本を保ってきたものだと思うのですけど、つまり、庄屋さんが言うことだからしょうがないとか、最善の考え方ではないけれど実際問題として周囲がそうなっているんだからまあいいだろうという現実主義です。」(対談集 歴史を考える 文春文庫) また、映画評論家の佐藤忠男は「敗戦前の日本についに一つも戦争反対の暴動が起こらなかったと同じくらい、敗戦直後のアメリカ軍の占領下におかれた時代に、どうやらひとつも反米テロが生じなかったことが、いまだにふしぎに感じられます。」(草の根の軍国主義 平凡社)とそれぞれ述べている。さらに、評論家の田原総一朗は”日本のメディアの特異体質“として門奈直樹立教大学教授の次のような見解を引用している。「ヨーロッパのジャーナリズムは権力と戦って言論・表現の自由を獲得しているのだが、日本のジャーナリズムは明治以来、権力の許可の範囲内での言論・表現が当たり前で、いわば検閲、管理なれしていた。メディアは権力におもねらざるをいないという体質が基本的にあるのですよ」(日本の戦後 講談社)。 この見解はなにもジャーナリズムに限らず、日本人全体について言えることではないかと私は思う。

 権力の監視を重要な役割とするジャーナリズムにあっては、これはかなり深刻な欠陥なのではないか。権力はそのような欠陥を知悉したうえで、様々な仕組みや手段で、民主主義の根幹である言論・表現の自由に介入しようとする。それは、権力が自己保存、増殖を願うからには当然のことであるとも言えるだろう。これに対抗するのは容易なことではない。

1. まず、私がNHK在職中に体験した事実を含め、その仕組み・手段の一端を挙げてみよう。

① メディア同士の対立を煽り、その一方を援助する。
② メディア内部に権力の分身を送りこみ、監視、報告させる。
③ メディア内部の分身を昇進させ、反権力・批判勢力を押さえる。
④ そのために、企業内ジャーナリストの限界(企業・家庭・昇進第一主義など)を利用する。
⑤ 人事権を利用して、権力に批判的な記者らを配置転換し孤立ささせる。NHKでは、リクルート事件で多くの社会部記者が地方へ飛ばされた。
⑥ メディアに便宜を供与し、(それとなく)見返りを求める。応じなければ、便宜供与を打ち切る(と脅す)。
⑦ 外部機関にメディアの報道を逐一監視、報告させ、公式、非公式に圧力を加える。NHKについては、その際、放送法や国会の予算審議権、総務省の監督権を利用する。
⑧ 監視した結果をちらつかせて、権力に批判的な識者のTV・ラジオ出演や、新聞への執筆を押さえるよう自己規制させる。
⑨ メディア内部から政権党の議員を生み出し、特にメディア対策に当たらせる。そのために、政・財界の人脈、閨閥を利用する。
⑩ 閉鎖的・特権的な記者クラブ制度を利用する。権力寄りの記者らとの懇談と称する内輪の会合で、会見では明らかにしなかった点についてレクチャーしたり、オフレコを利用して、一部の者に特ダネを流す。
⑪ 記者の自宅への出入りを、玄関まで、書斎まで、寝室までなど差別して手なづけ、ミイラ取りをミイラに仕立てる。NHK在勤中、同じ部の元某大臣の番記者だったニュースデスクが、某大臣の政務秘書官になった。   
⑫ 内閣官房機密費を利用する。     
⑬ 財界・企業を通じて特定のメディアへの広告の出稿を減らす。

2.次に、安倍政権の下で明らかになった言論介入とみられる最近の事例のいくつかを挙げる。

① 2013-11-26 衆議院総選挙を前に、自民党がテレビ朝日に対し、「報道ステーション」の番組作りに偏りがるとして”公平中立な番組作りに努めるよう特段の配慮を求める”要請書を秘密裡に送ったことが明らかになった。TV朝日は要請書の内容を明らかにしていない。
② 2014-1-25 NHK会長に、安倍首相の”お友達”の一人、籾井勝人三井物産元副社長が就任し、就任会見で「政府が右と言っているものを、我々が左というわけにはいかない」と報道機関の責任者としての資質を疑わせる発言をした。これに続いて、”お友達“の作家百田尚樹氏と哲学者長谷川三千子氏が経営委員に任命された。
③ 2014-7-3 NHKの「クローズアップ現代」で国谷裕子キャスターが、集団的自衛権に関連してゲストの菅官房長官に「憲法の解釈を簡単に変えてよいのか」などと質したところ、番組終了直後に同伴した秘書官が、いったいどうなっているのかとかみついた。国谷キャスターは「すみません」と言って涙を流したというが、そのあと、官邸サイドからNHK上層部に「君たちは現場のコントロールもできないのか」というクレームが入り、上層部は”誰が中心になってこんな番組をつくったのか」という犯人探しが始まったという。
④ 2014-7-15 安倍首相のシンパである評論家の娘婿のNHKプロデューサーが、会社役員名義で安倍首相の政治団体へ寄付をしていたことが明らかになった。
⑤ 2014-11-18:首相が出演したテレビ朝日の番組で、街頭インタービューでのアベノミクスについての街の声に対し、「全然声が反映されていない。おかしいじゃないですか。」と抗議する。
⑥ 2014-11-20:自民党がテレビ朝日「報道ステーション」に対し、公平中立を求める
文書を出す。法政大学の水島広明教授は「政権与党が個別の番組に注文を付けるなどとは前代未聞。一種の威嚇と言えるだろう」とコメントしている。
⑦ 2015-4 NHKラジオ第一放送で長年毎朝放送されていた「ビジネス展望」が番組改編で「社会の見方、私の視点」に代わった。数人の比較的現状に批判的で、将来を見据えた論者の交代制であった前者にくらべ、後者は30人の玉石混交の出演者にかわり私にとっては、味の薄い聞くに値しない番組になってしまった。この番組については昨年、都知事選中の原発問題の取り扱いをめぐって出演者と局側で意見が対立し、出演者の大学教授が番組を降りるという事例があった。
⑧ 経済問題で辛口のコメントをするエコノミストの森永卓郎によると、在京のTV局では最近強い意見を言う人は求められていないように感ずるという。TVで大もての元NHK社会部記者池上彰について森永は「彼は天才だ」と評している。
⑨ 2015-3-27:テレビ朝日の「報道ステーション」にたびたびコメンテーターとして出演していた元通産官僚の古賀茂明が番組の途中で突然「私は今日で最後だ」と述べ、政権に睨まれないよう局側の都合で辞めさせられるのだと示唆した。そしてさらに「私は菅官房長官をはじめ官邸の皆さんにはものすごいバッシングを受けてきた」と述べ、古館キャスターと激しい言い争いとなった。菅官房長官は直ちにバッシングを否定し、局側は政権に謝罪するとともに、コメンテーター室を設けて、発言を事前に厳しくチェックすることになった。一部メディアは「電波ジャック」として古賀をバッシングした。古賀事件より先、「報道ステーション」のチーフプロデューサ―が配転、形は栄転。
⑩ 2015-4-17:自民党の情報通信戦略調査会(川崎二郎会長)はテレビ朝日とNHKの経営幹部を呼んで、テレビ朝日の「報道ステーション」と「クローズアップ現代」について事情聴取を行った。池上彰は「これが欧米の民主主義国で起きたらどんなことになったやら」と評している。
川崎二郎会長の父、川崎秀二・元厚生相はNHKの出身。
⑪ 2015-4-28:ドイツの新聞記者が、滞日中に書いた日本政府の対中、対韓政策を批判する記事について外務省がフランクフルト総領事館を通じて、ドイツ本社に抗議したことが明らかになった。山田健太専修大学教授は、外務省がよいことだけ宣伝させようとするのは逆効果だと批判している。
⑫ 2015-6-19号の週刊ポストは「マスコミ特権は世界の恥だ」とう特集の中で、メディア各社の社長や会長と安倍首相の料亭などでの60回におよぶ会食のリストを掲載しているが、大手各紙や在京TV局の社長、会長がすべて含まれている。中でも断トツの回数は読売新聞の渡辺恒雄会長である。慶応大学の鈴木英美教授は「欧米では考えられないことだ」とコメントしている。
⑬ 同じ特集の中の「なんで新聞・TVにはこんなに政治家の子女がいるのだろう」として、10人の政治家の名前を挙げている。50年前に私がNHKで体験したことが今も続いているのだ
⑭ 新聞業界の目下の緊急課題は、消費税の軽減税率の新聞への適用だ。
⑮ 朝日新聞社告によると、今年3月期の決算で営業利益が23.4%減ったという。「慰安婦問題」での誤報で、読売新聞や文芸春秋、一部週刊誌などの猛烈なバッシングを受けたこと、ネット上の罵詈雑言による部数減、広告の出稿減などがひびいたのだろう。

 1.「仕組み」と 2.「事例」を照らし合わせてみれば、おのずから“メディアの今”が透けて見える。

 欧米各国政府やユネスコの資金援助で活動している「国境なき記者団」が毎年発表している「報道の自由度ランキング(180か国)」2015年版によると、日本は昨年より二つ下がって61位となっている。ドイツ12位、イギリス34位、フランス38位、アメリカ49位、韓国60位。(M)

< 参考書籍等 >

* 昭和の戦争とメディアの責任 : 中央公論特集  2005年1月
* ニュースで伝えられないこの国の真実 : 辛坊治郎   KADOKAWA
* 安倍官邸と新聞 二極化する報道の危機 : 飯室勝彦  集英社新書
* 国家の暴走 安倍政権の世論操作術 : 古賀茂明  角川新書
* NHKと政治支配 ジャーナリズムは誰のものか : 飯室勝彦  現代書館
* NHK 危機に立つ公共放送 : 松田浩  岩波新書
* NHK 鉄の沈黙は誰のために : 永田浩三  柏書房
* 桐英会ブログ <2012-4-21 NHK(1) 暗い予感> <2012-6-30 NHK(11)公共放送と政治> <2012-7-7 NHK(12)NHKと政治 >

次回は 4.いつか来た道へ戻らぬために  7月4日(土)