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学びの動機というのは、一般に、教師が生徒に学ばせる立場から考えられることが多い。つまり、教師はどのように教えたら生徒に興味を持たせることができ、生徒をより積極的・主体的に学びに参加させることができるかということです。それは「動機づけ」(motivation)の研究として、これまで英語の研究者や教師たちが多くの文献を積み上げてきました。筆者もかつてこれに関する観察や実験を行って論文や報告書を発表しました。それはそれで価値のあることであり、そこから見えてきたものもいくつかありました。

しかし、そのような集団を対象とした研究から学習者の学びの事実をすべて論理的に説明できるものではありません。なぜなら、学びというのは極めて個人的な営みだからです。そこには常に感情的、情緒的な要素が介入し、また時に超自然的な偶発的要因が大きくはたらくからです。集団を対象とした研究で説明できるのは、動機づけの一面にすぎないのです。ですから、このように動機づけたら必ず全員がうまくいくというものではありません。たとえば、「賞を与えることは罰を与えるよりも学習意欲を高める」という指導原理があります。しかしそれがあらゆる場合に当てはまるわけではありません。個々の学習者の心理は複雑であり、学習場面で微妙に変化し、賞罰の受け止め方も多様だからです。ですから動機つけの研究には事例研究(case study)が欠かせません。

個人が特定の学びに動機づけられたという実例は枚挙にいとまがありませんが、ここに最近芥川賞を受賞した作家の例を挙げて考察してみます。先日発表された第153回芥川賞受賞者の一人、羽田(はだ)圭介氏の受賞の言葉が新聞に出ていました(朝日新聞7月22日文化・文芸欄)。そこに彼が文章を書くようになった動機が語られています。それは非常に個人的な、しかも特殊な体験であり、必ずしも多くの人の参考になるものではないかもしれませんが、動機という観点からすると、いくつかの興味ある事実を発見できると思います。それは次のような話です。

羽田氏は小学校5年生の5月から、中学受験のために塾通いを始めました。その夏休みに、母親から朝日新聞の「天声人語」を毎日要約する課題を与えられました。それは母親が塾の国語講師からアドバイスを受けた文章指導法だったのです。羽田少年は最初のうちはなかなかうまくいかず、「全然要約できていないではないか」と母にさんざん怒られ、苦痛で仕方がなかったそうです。こうして書き終えたものを母に見せて、容赦なくチェックが入りました。しかし続けているうちに、やがて半分、三分の一ほどにまとめられるようになり、毎日の課題が苦痛ではなくなってきて、夏休みの終り頃には、一回分の天声人語が4~5行くらいに楽に要約できるようになったのでした。すると自信がついて、自分には文才があると勘違いするまでになりました。こうして羽田氏は、勘違いで小説家の道を歩むようになったというのです。

この話を学習動機という観点から分析してみましょう。まず学びのきっかけです。羽田氏の場合には、それは塾の講師からアドバイスを受けた母親の指導でした。おそらく少年は母親に強く説得されて課題を受け入れたのでしょう。かなり強制的な課題だったのではないでしょうか。もちろんそれは小説家になるという目的とは無関係で、きちんとした文章を書くための基礎練習として勧められたものでした。とにかく、この少年はその課題に取り組むことを決意しました。その決意がなければ、この課題はスムーズには進行しなかったでしょう。

あらかじめ予想されるように、「天声人語」を要約するというのは、小学校5年生にとってはかなり難しい課題であったと思われます。内容も変化に富んでいます。最初はテキストを書き写すのが精いっぱいで、その内容を深く理解してそれを半分以下の分量にまとめることなどは、及びもつかないことでした。そこで少年は連日母親に怒られました。たぶん「怒られた」というよりは「叱咤激励された」のでしょう。そうでなければ「こんなの無理だよ」と投げ出したと思われます。しかし少年は投げ出さずに根気よく続けました。これが羽田少年のえらいところでした。

次に注目したいのは鍛錬の期間です。羽田氏は夏休みの「約二カ月弱」と書いていますから、7月から8月にかけての50日くらいであったと推定されます。この長さが重要です。なぜなら、子どもが一つの課題に集中する期間としてはこれくらいが限度であると思われるからです。これ以上短くては、「天声人語」の要約に習熟するには短すぎたでしょうし、これ以上長くては飽きてしまって、集中を欠くことになったことでしょう。すべて物事の習熟には時間がかかりますが、その時間を適切に設定するというのは意外に難しいものです。羽田少年の鍛練期間は、結果的に、ちょうど良い具合に設定されていたと言えます。筆者も70年前の敗戦後の夏休みに、受験勉強の必要から、小野圭次郎(通称「オノケー」)の『英文の解釈』一冊を完全に読みあげ、英文の構造と表現法が分かったという自信を持ちました。それが英文科を選ぶきっかけになったのでした。

次に、羽田少年が小学校5年でこの要約課題を与えられたとき、最初はあまりにも難しくてうまく対応できず、母親に「さんざん怒られた」という状態であったにもかかわらず、やがてその課題にうまく対応できるようになったのはなぜかということです。彼がこの難しい課題をやり遂げることができたのは、それに対応できる基礎的な国語力をすでに持っていたためであると推定されます。教育の専門用語ではそれをレディネス(readiness)と呼びますが、小学5年の羽田少年には、その課題をこなす心の準備が充分にできていたということです。小学校5年生の誰がやっても同じ結果が得られるものではないのです。

そして最後に重要なことは、羽田氏が言うように、課題がうまくこなせるようになって自信ができ、「自分には文才がある」と確信したことです。そうして彼の文章鍛錬はその後も続きました。母親に隠れて小説を読み、電車での長い通学時間を使って色々な本を読み続け、しだいに自分の文章スタイルを確立していきます。羽田氏はこの文章の最後にこのように言います。「なんでも、勘違いから始まるのだと思う。だから、なんでもやってみるといいし、なんでもやらせてみるといい。」ここで「勘違い」と言うのは羽田氏の文学的レトリックですが、言い換えれば、自信を持つということです。誰もが羽田氏やモーツァルトのようになれるわけではないけれど、人は失敗を恐れずにいろいろ試してみるのがよいというのも、理にかなった教育論であるように思われます。

<訂正>前回(7月9日投稿)に取り上げた『勝者なき戦争―世界戦争の200年』の著者イアン・J. ビッカートンの紹介文の一部に誤りがありました。著者は1938年生れのオーストラリア人で、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学名誉教授です。前回の脚注に「英国」と書かれているのは「オーストラリア」の誤りでした。