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教師が授業の一部または全部にペアやグループの活動を取り入れ、クラス全体が協働的な学びの場となるようにするためにはどのようなタスクを提供したらよいか――これが現代の多くの教師たちの直面している課題であろうと思われます。日本の学校においても、そのような授業に学校全体で取り組んでいるところが最近かなり増えています(注)。しかし英語の授業研究としては、その取り組みはまだ始まったばかりです。むしろ他の教科(国語、社会、数学など)の先生方の中に、大胆な試みをしている方が目立ちます。英語の先生方はそういう授業を見学したりして、自分の授業では何ができるか、どういうことから始めたらよいのか、を研究するところから始めてはいかがでしょうか。

さてペアやグループの活動を成功させる鍵は、教師がどんなタスクを選択し提供するかにあります。ただグループを作って何かの課題を与えさえすれば、タスクになるというものではありません。たとえば、文法の練習問題をいくつか生徒に与えて、ペアやグループで正解を考えさせるというような課題は、ここで言うタスクではありません。なぜなら、それらは練習のための課題であり、教室以外の場面ではほとんど応用がきかないからです。タスクは現実の生活で起こり得るものであることが望ましいのです。たとえば、印刷された英語の文章を与えて、その中から誤りと思われる個所を探し出して訂正させるというタスクはどうでしょうか。これは「間違い探し」(Spot the Differences)と呼ばれるタスクで、一人でやってもあまり面白いものではありませんが、ペアやグループで行わせると、生徒たちはけっこう夢中になります。

この「夢中になる」ということがタスクの重要なポイントになります。なぜなら、言語習得の最も重要な部分は、私たちが何かの仕事の遂行に没頭し、自分が言語を使用していることをほとんど意識せずに使用しているという状況の中で行われるからです。文法のことを意識しながら文法を学ぶのでは、文法は決して身につきません。それは文法に関するある種の知識を得させますが、使う場面から遊離していますから、実際に役に立つ知識とはならないのです。文法を習得するには、他の有意味な仕事をしている中で、文法知識が意識下で作用している状況を作り出す必要があるのです。上の「間違い探し」では、与えられた文章の誤りを探し出すという「校正」(proofreading)や「推敲」(polishing)という仕事を行うことで、現実的な仕事と結びついています。それは自分が文章を書いたり、他人の書いた文章を批判的に読んだりするときに、私たちが日常的に行っていること――いわば私たちにとって「有意味な仕事」――なのです。それがここで言うタスクです。

以上のような観点から、従来の英語の授業でしばしば使われてきた対話モデルの提示と練習法を批判的に検討してみましょう。次の対話は新しい文法事項(現在分詞を含む後置修飾構造)を提示するために工夫された対話文で、現在も多くの中学校用教科書に用いられているタイプのものです。

A: Who’s that man?  B: Which man do you mean?  A: I mean the man sitting on the bench.

この対話のいちばん普通の提示法は、教師がこの対話を音読して聴かせ、それぞれの文の意味を説明し理解させます。同時にthe man sitting on the benchの「名詞+現在分詞句」の構造に注目させ、他にも二つ三つの例を挙げて理解を促します。各文の意味と構造が理解できたならば、次は音読の練習です。生徒は先生のあとについて復誦し、自然なリズムとイントネーションですらすらと言えるまで繰り返します。その後生徒はこの対話を暗誦するように言われます。ペアを組んでAとBの役割を分担して練習することもあります。最後に、何人(組)かの生後が名乗り出たり指名されたりして、他の生徒たちの前で実演します。こういう授業風景が、かつては全国至る所で見られたものです。

しかし、このような練習にどのような意味があるでしょうか。「現在分詞で始まる形容詞句が名詞の後ろに付いてその名詞を修飾する」という、日本語には見られない英語の文法構造を身につけることは重要です。英語の学習過程のどこかでしっかりと理解し、自分でもそのような構造を作ることができるようにする必要があります。しかし上記の対話モデルを暗誦し、すらすらと言えるようになったからと言って、それで実際場面で使えるようになるのでしょうか。偶然にそれが当てはまる現実場面に遭遇したときは役立つこともあるでしょう。しかしそれはめったにないことです。そのような英語表現をいくら記憶していても、実際にはほとんど使えないというのが実情です。なぜそうなるのか? それは生徒が自ら選択した言語ではなく、与えられた言語だからです。口先だけで暗記した文や文章は使い物にはならないのです。モデルを記憶するのではなく、そういう構文を必要とする状況の中で、自らの判断でその表現を選択し使用するという経験が必要なのです。

そのようなわけで、一般に、タスク活動は新しい文法項目を提示する段階で行うことには向いていません。生徒は知らない文法形式を理解したり使用したりすることはできないからです。それはむしろ総合的な発展学習として行うのに適しています。例として「絵の描写」というタスクを取り上げてみましょう。ここに1枚の公園の絵があります。幾人かの子どもたちがそこで色々なことをして遊んでいます。子どもたちを見守る大人も何人かいて、幼い子どもをブランコに乗せている父親や、立ち話をしているお母さんたちもいます。木陰のベンチで昼寝をしている人もいます。そのような絵のコピーを生徒全員に配布し、その絵に描かれている人物や事物について英語で説明するというタスクを行わせることにします。どんな方法が考えられるでしょうか。

筆者の考えたタスクを紹介しましょう。まず生徒をペアにします。そしてAの生徒が絵の中のある人物や事物を英語で説明し、それを聞いたBの生徒がその人物や事物を特定します。正解が得られるまでAとBは自由に質疑応答します。一つできたら役割を交代し、Bが別の人物または事物を説明し、Aにそれを特定させます。たとえば次のようなやり取りが行われます。

(A) I’m looking at a little boy. He is running in the sunaba. I’m sorry I don’t know the English word for sunaba. Do you know? (B) No. Let’s ask Mr. Yamada later. I see two boys in the sunaba. Which boy? (A) The boy [who is] running after a girl. He has a small shavel in his hand. (B) Oh, I see. You mean this boy, don’t you?

もちろんペアによって対話の進め方は違っており、そこで生徒たちが発する文には不完全なものが多く含まれると思われます。しかしこのタスクの目標は、色々な人物や事物の特徴を相手に伝わるように言語を用いて描写することにあり、そこでの言語の誤りは許容されなければななりません。大切なことは何とかして相手に意味を伝えることです。最初から完全にはできませんが、とにかく始めなければ発展はありません。そしてそのような活動を継続するためには、学びに参加する生徒たちの理解と協力がぜひ必要です。そのために生徒たちにどのような指導が必要かを次回に述べます。

(注)教育学者の佐藤 学氏(東大名誉教授、学習院大学教授)は、自らの教育理論に基づく「共同学習」を広めるために、1990年代から、全国各地にパイロット・スクールを作る努力をされています。その理念と実態については『学校を改革する 学びの共同体の構想と実践』(岩波ブックレットNo. 842)によって概略を知ることができます。<補足>東京大学には「大学発教育支援コンソーシアム推進機構」(CoREF: Consortium for Renovating Education of the Future)という組織が設けられ、東京大学における小・中・高支援プロジェクトの推進を行っています。具体的には各地の教育委員会と連携し、現場の先生方とともに教育の質を高める実践的な活動に取り組んでいます。最近は特に「協調学習」というテーマで、毎月数校の公開授業を全国各地で行っています。そのスケジュールなどの詳細については、インターネットで「東京大学 大学発教育推進コンソーシアム」と入力して検索してください。