Print This Post Print This Post

< 英語との付き合い >             松山 薫

② 小学校時代 (2)
小学校は、同盟国ドイツのヒトラーのまねをして、国民学校と改称され、子供達は、ヒトラーユーゲントにならって「小国民」と呼ばれました。小国民は、清く、正しく、美しく生きねばならないということから、国民学校で一番重要な科目は、「修身」でした。5,6年生になると「修身」は校長自ら教えるところが多かったようです。修身の教科書には美談が並べられ、最後のところに徳目が書かれています。例えば「孝は親を安んずるより大いなるはなし」とか「虎穴に入らずんば虎子をえず」とかいったものです。これを「孝は親を安んずるより大なる話」「とらあなにはいらずんばとらこをえず」と読んで、先生にひっぱたかれた子もいます。話のほうは忘れても、調子のよい徳目のほうは今でもよく憶えています。それが、軍国主義教育の洗脳に役立ったのは間違いなく、言葉の魔力を感じます。とにかく、言葉を覚えるには調子が大事なのではないかと思います。Silent Wayという外国語学習法を開発したアメリカの言語学者、カレブ・ガティーニョ博士は、英語の例文は、5,7,9といった奇数語の方が偶数語よりも覚えやすいことを実験によって確かめたそうですが、やはり、rhythmに関係があるものと思われます。そこで、20年ほど前、茅ヶ崎方式の最初の教本を書いた時、用例をそのようにしようとがんばりましたが、時間がかかって編集者に止められ、あきらめました。今度機会があったらもう一度トライしてみようと思っています。
 徳目の言葉も難しかったが、もっと難解なのが「教育勅語」で、ほとんど全文ちんぷんかんぷんでした。「朕惟ふに」という出だしのところだけはわかるので、なんで天皇が犬なんだなど思いながら、頭を垂れて校長の荘重にして単調な言葉が頭の上を通り過ぎていくのを辛抱強く待ち、終わると全員が一斉に洟をすすり上げる音が校庭に響きました。当時の小国民はビタミン不足で、青洟を垂れていたのです。中学に入るとこれを全文暗記しなければならないのですが、小学校で散々(たぶん百回以上)聞かされてきたので、案外楽に憶えられました。もしかしたら、これが、私の日本文の基盤になっているのかもしれません。その頃は、歌のほうも小学生には難解なものが多く、わけもわからぬまま、元気に声を張り上げていました。一番よく歌った「愛国行進曲」の一番の最後のところに「キンノウムケツユルギナキ、ワガニッポンノホコリナレ」とうい歌詞があるのですが、皆さん漢字になおせますか。私は中学に入るまで「勤王の志士にはケツがないのか」と思っていました。しかし、こうした難しい歌詞も、中学で3年間工場に動員されて漢字を学ぶ機会のなかった私達にとっては、日本語を理解する助けになっていたのではないかと思います。この歌は第二国歌扱いで、日本軍が占領した南方の島々では今でも憶えている人がいます。10年くらい前のこと、日本の委任統治領であったマーシャル諸島の年老いた女性が日本語でこの歌を歌っているのをTVでみたことがあります。たぶん意味はわからずに丸暗記して歌っているのだと思います。メロディの力なのでしょうか。
それと、言葉に関して忘れられないのは、5年生の修身の教科書に出ていた20代の頃の勝海舟(麟太郎)の話です。本屋で見たオランダの兵書を読みたくて、50両の大金を工面したが、本は既に売れていた。そこで、麟太郎は買った人を訪れ、夜間に本を写し取ることを許してもらい、持ち主が感心して本をタダで譲ってくれたという話や、60両もする日蘭辞書58巻を1年がかりで2部づつ写して1部を売って生活費にあてたという話などに感動しました。勝海舟の話は、後に中学の教科書で学んだ杉田玄白の「蘭学事始」と並んで、私にとっては、生涯を通じて忘れることの出来ない教訓になっています。徳目主義の道徳教育には賛成できませんが、今とは比較にならない劣悪な環境の中で、明確な目的(海舟は兵学、玄白らは医学)をもって、外国語に挑んだ先達の努力は、後にNHKで英語ニュースを書くようになって、英語が聴き取れなくて悩んだ際に、大きな心の支えとなりました。(M)