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Author: 松山 薫

統計数字の裏に見えるもの  ② 休暇

 調査とか統計の数字は、前提条件に問題があることも多いからそのまま信ずるわけにはいかないが、 社会の動きを知る上で、欠かせないもののひとつではある。今回は、日本人の休暇をとり上げたい。

1.有給休暇の取得率(2014) 47.6%
2.祝日法による休日 15日 (来年から16日)
3.労働時間 年間 1746時間  一日平均 9.1時間  
4.労働組合の組織率 17.4%  労働協約のカバー率 16%

 年次有給休暇は、労働基準法によって定められた労働者の権利で、半年以上継続して働き、定められた労働日の80%以上出勤すれば、勤続年数に応じて10日から20日、自分の希望する日に休むことができる(但し事業所の都合で休む日を変えられる)。厚労省もいろいろ工夫して取得率を上げようとしているようだが、実績は15年連続50%以下なのである。よほどの変人でもない限り、休暇を取りたくないという人はいないだろうし、出来れば自分や家族の都合のよい時にゆっくり休みたいと考えているであろうから、現実は企業の都合が優先している結果だということになる。

 実は私も26年あまりつとめたNHKで、労組の役員でありながら、ほとんど休暇を取らず、退職の時に買い上げてもらった。3交代制の職場である上、泊まり勤務の人員が切り詰められているので、なかなか休めなかった。休めば同僚の休日出勤や時間外労働、管理職であるデスクのサービス労働が増えるのである。中小零細企業などでは、上からの有形、無形の圧力や同僚への気兼ねという自己規制から、有給休暇は病気の時でもなければ取れないという声も聞く。休日出勤や時間外労働による割増賃金が生活費の一部になっている中小企業の労働者が多いことも休暇取得率が低迷している原因だろう。

 こうした現状から、日本の有給休暇取得率は。100%近い国もあるヨーロッパ諸国や70%台のアメリカにくらべると著しく低く、先進34か国が加盟するOECD諸国では、韓国と共に常に最下位を
さまよっている。

 労働組合の非力も労働者が満足に休暇をとれない原因の一つだ。非力の最大の原因は日本の労組が企業内労組であることから、労働協約は企業内の正規労働者しかカバーしないことである。これに対して、欧米型の産業別労組の労働協約は、同一産業の全労働者に適用される。これによって、同一労働・同一賃金の原則が守られ、転職の自由も生まれ、企業や同僚に過度の気兼ねをすることなく休暇をとれる環境が整う。

 一方、祝日の日数では日本は世界的にみても多い方だ。或るコンサルティング会社の調査では、世界一祝日が多いのはコロンビアで18日、一番少ないのはメキシコで7日、西欧諸国も全般に10日以下で、日本の15日は多い方の3番目(16日になると2番目)となっている。
* 日本では祝日法によって国民の祝日は休日になっているが、他の諸国が祝日=休日なのかどうかはわからない。

 この祝日の多さが有給休暇の代替になっている。ゴールデンウィークとかシルバーウィーク、年末年始休暇で日本中が一斉に休んでくれれば企業にとっては年間スケジュールが立てやすいし、生産ラインの保守にも都合がよいだろう。政治もこれを利用してきた。昔、牛若丸と自称する政治家は、労働相として休日と休日の間のweek dayを休日にすることに成功し、国民が喜ぶと有頂天だった。為政者は国民に祝日を与えることが国民の一体感を醸成する有力な手段になりうると上から目線で考えているのではないか。祝日法を読むと私にはそういう匂いがする。

 明治から戦中にかけて2月11日は紀元節という建国神話に基づく祭日だった。その日には学校の式典で「雲に聳ゆる高千穂の 高根下しに草も木も なびきふしけん大御代を 仰ぐ今日こそ楽しけれ」と歌わされ、神武天皇というのはあたかも実在の人物であるかのように信じ込まされた。戦後この日を建国記念日にするかどうかで論争が起き、「建国の日」と「の」の字を挿入することで落着したことを憶えている人はもはや少ないのではないか。みどりの日を昭和の日に変え、文化の日を明治の日に変えようとするなども戦後レジームからの脱却を目指す動きの一環といえるだろう。

  ところで、間もなく、年末年始の〝民族大移動”が始まる。JTBの推計によると、今年も年末・年始には3000万人超の人達が大移動に加わるという。また、初詣に出かける人は明治神宮、川崎大師、成田山新勝寺だけで1000万近くになるから大晦日から正月3日日にかけて全国では一体どれくらいの人が出歩くことになるのか。これは多くの外国人にとって、奇観としか言いようのない行動のようである。

 NHKの国際放送で英語ニュースを担当していた頃の大晦日、私は泊り番で、午後10時から始まるニュースを編集し、アメリカ人のアナウンサーが下読みに来るのを待っていた。ところが10分前になっても来ない。仕方ない自分で読むかと覚悟していたところへ息せき切って飛び込んできて、なんとか無事送出できた。30分前には出局しろと厳しく申し渡したところ、彼曰く。「いつもそうしているし、今日も同じ時間に家を出たが、ダメだった。必死になっても原宿の駅からここまで30分もかかってしまった。いったいあの群衆はなんなんだよ。」 来日して間もない彼は、初詣のことを知らなかったのだ。明治神宮には毎年大晦日から三日日で300万人が訪れるという。大柄なアメリカ人だから、なんとか30分でたどり着けたのだろう。彼は「日本人はimpious(信仰心がない)と聞いたが、嘘だな。」と呟いた。私には「そのうちわかるかもしれないよ」としか答えようがなかった。perception gap というか、信仰の問題ではなく〝群れることで安心を得る”という多くの日本人の共通性に根ざす問題であるように思えたからだ

 国連の労働問題専門機関ILO(国際労働機関)は、有給休暇は連続してとることを原則としている。フランスやドイツの“バカンス”は数週間の連続有給休暇である。これだけ休めれば、働くことの意味や生活のあり方、ひいては人生についてもゆっくり考えられるだろう。私がNHKにいた頃、10年勤続すると退職するまでに10日間の有給休暇と10万円の功労金をもらえる制度があった。私は40歳になった時にそれを利用して独り伊豆の伊東温泉にこもり、これまでの人生とこれからの人生を考えた。その時考えたことがその後の人生を決めたと思う。

 ILOは21世紀の労働の目標として「decent work」 の実現を目指している。decentとは、「まともな」というほどの意味であり、ILOのいうdecent workは、「人間らしい生活を継続的に営める公正な労働条件」を指す。具体的には、1.一日当たり、一週間当たり、ひと月あたりの労働時間 2.賃金 3.休日の日数 4.労働の内容 であり、それらを実現するための条件としての 1.結社の自由・スト権・団体交渉権 2.雇用差別の禁止 3.人間としての尊厳を保てる最低賃金 4.十分な雇用機会と失業保険 などを整備することである。

 残念なことに、日本政府は「decent work 」に関する国際条約の多くを批准していない。そういう中で叫ばれる“一億総活躍社会”の行くつく先がどんなものになるのかは、長く労働運動にたずさわって
その非力に泣いた私には想像がつく。(M)

* 本年はご愛読ありがとうございました。次回の「統計数字の裏に見えるもの ③ 自給率」は1月30日(土)に投稿する予定です。