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1単位時間(通常45~50分)の英語の授業プロセスを分析すると、大きく3つの活動に分けられます。①教師による説明・発問・指示など、②教師と生徒のインタラクション(interaction)、③生徒による個人作業またはグループ活動、の3つです。つまり、英語の授業はこれら3種類の活動の組み合わせで構成されるということです。中学・高校の授業でも、時には大学の講義のように、①の教師による説明が中心の授業もあります。昔の英語の授業ではこれが普通でした。しかし現在では違っています。英語の授業は基本的に演習(practice)が中心ですから、教師の説明や指示のほかに、教師と生徒との問答や、生徒どうしの活動が取り入れられるのが普通です。研究授業などで行われる最近の授業を見ると、その多くは授業時間の半分以上を生徒の活動に当てています。普段の授業においても、授業をどのようにバランスよく組み立てるかは、教師に取って常に検討を要する重要な課題です。

一般に、教師は説明をすることを好みます。熱心な教師ほどそうです。そもそも人は自分だけが知っていること、あるいは調べて知ったことを他の人に話すことを好みます。それは授業をする教師にとっても大きな喜びです。教師が知識の源泉であった時代には、生徒は知識を求めて集まって来る人たちでした。今日でも教師になる人は、かつてのそういう状況に憧れて志願する人が多いのではないでしょうか。しかし教師が話したいことを話し出したらきりがありません。英語の授業ですから聞かせる目的で英語を話すことは必要ですが、それ以外はなるべく少しの説明と指示だけに留めるべきです。教師がしゃべり過ぎると生徒たちの活動の時間が無くなりますし、そもそも教師の話す事柄が、生徒に取って必要な情報であるとは限らないからです。

よくあることですが、クラスの一部の生徒は、教師が話す前にその知識をすでにどこからか得てしまっています。そういう生徒は聞いてうなずいてくれるでしょうが、新しい知識を得たわけではありません。逆に教師の説明を受け入れる準備が全くできていない生徒もいます。彼らは聞いても分からないのですから、せっかくの教師の懇切な説明も時間の無駄になってしまいます。この種の生徒は、教師が推測するよりも、実際にはずっと多いのではないでしょうか。自分の説明がどれだけの生徒に役立っているか、教師は時々チェックしてみるべきです。説明が役に立ったという生徒は案外に少ないのではないでしょうか。

もし自分の説明が生徒にあまり役立っていないと分かったら、それに多くの時間を費やすのは賢明ではありません。筆者の経験では、説明は大部分の生徒がだいたい理解していると思われる事柄について、一言念押しをするという感じがよいと思います。教師が説明したいと思う言語事実や言語規則に関するさまざまな知識は、生徒にとっては、教師の説明を聞いて理解するよりも、自分自身が学びの中で(殊に言語使用経験の中で)気づくことが重要なのです。人が獲得する知識はすべて、意識的・無意識的な気づきから始まるものであり、気づきなしには知識に発展することはないのです。教師のすべきことは、生徒が必要な知識に気づくようにするにはどうしたらよいかを考えることです。たとえば、英語の3単現の規則はどのようにして気づかせたらよいでしょうか。どうして生徒はいつまでもこの規則に習熟しないのでしょうか。これはすべての英語教師が真剣に取り組むべき課題です。

前回の高校学習指導要領の改訂で、「英語の授業は英語で行うことを基本とする」と書かれたことから、英語を話すことの得意な先生は、授業でなるべく多くの英語を聴かせたらよいでしょう。教師がテキストの内容を易しい英語で説明するオーラル・イントロダクションは、かつてパーマー(H. E. Palmer)が推奨したものです。それが生徒のモデルになるような良質の英語ならば、そして生徒が聞いてよく理解できる英語であれば、生徒は良質のインプットをふんだんに浴びせられるという、願ってもない恩恵に浴する可能性があります。英語の先生がネイティブスピーカーであれば、そういう授業をしてもらうのが生徒にとっていちばん幸せでしょう。

しかし英語は、授業の中で教師の話を一方的に聞いているだけでは使えるようにはなりません。クラッシェン(Stephen D. Krashen)は「人間は理解可能なインプットを受け取ることによってのみ言語を獲得する」と言いましたが、日本の学校のように週に3時間か4時間の授業ではそれは無理です。数年するとなんとか読めるようになる人はいますが、話したり書いたりできるようになる人は少ないのです。英語を日常的に使用する環境にない日本では、英語を実際に使用する機会が乏しいからです。そこで学校の授業では、生徒が英語を使って活動する機会をできるだけ拡大することが必要になります。そういうわけで、特に年間計画を作成する際には、インプットとアウトプットのバランスに注意することが大切になります。

バランスと言っても、それを一般的に記述することは困難です。すべての授業がインプットとアウトプットが半々になるようにするのが好ましいと言う人もいますが、それを実行するのは困難です。公開授業のように、見学者に好ましい授業のモデルを提示するのが目的であるような場合には、一時間の授業の中での活動のバランスを考える必要があるでしょう。しかし普段の授業に関しては、学期または学年の計画の中でそのバランスが考慮されていればよいのではないでしょうか。扱う教材によって、この単元はインプットを中心にした授業とし、次の単現でアウトプット中心の授業を組み立てるというようなことが可能だからです。そうして各学期と学年の終りに、インプットとアウトプットの配分が適切になされたかどかを評価するわけです。この評価は次の学期や学年の計画を立てる際に重要な資料となります。優れた教師とは、そのような自己評価を含む実践を行って、絶えず自分の授業を改善していく人のことです。

最後に、授業の構成に関して特に注目したい活動があります。それは先に述べた3つの授業活動の中の②(生徒と教師のインタラクション)です。この活動はインプットとアウトプットという2分法では見落とされがちですが、非常に重要です。よく見る授業風景に、教師が説明してすぐに生徒どうしの活動に入るというのがありますが、これは感心しません。なぜなら、往々にして教師の説明・指示と生徒の理解の間にギャップが存在し、生徒は何をしたらよいのか分からなくて活動がうまく始動しないのです。こうしたギャップは、教師の説明の後に「教師と生徒のインタラクション」を英語で行うことによって解決できます。授業中に教師と個々の生徒との間でなされるインタラクションは、当該生徒にとって言語使用の願ってもない良いチャンスとなります。それだけではなく、うまくいくと、それが他の生徒たちに強烈なインパクトを与えることがあります。さらに、もしその対話がクラスの全生徒を巻き込むような緊張したインタラクションに発展するならば、それ自体がインプットとアウトプットの両面を含むアクティブなコミュニケーション活動となる可能性があります。