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日本の学校制度では、大学は英語の学びの最終段階です。もちろん英語の学びは各人の必要に応じて生涯にわって継続するものです。しかし多くの人々にとって、フォーマルな形の英語の学びは大学が最後になります。ここでどんな英語の学びをするかで、人々のその後の人生における英語の関わり方が違ってきます。

まず目的を持って大学で英語を学ぶ人たちは、その後も英語と深く関わりを持ち続けることでしょう。グローバルな世界を相手にする企業家や外交官、政治家、ジャーナリスト、また国際的な繋がりを持つ研究者、英語の教師、翻訳家、通訳者など、英語力を生かすことのできる仕事はいろいろとあります。また、大学では外国語は英語とは限りません。今日の世界は英語が優勢とはいえ、英語だけで世界を渡り歩くことはできません。当然、英語のほかに他の外国語を学ぶ人もいるでしょう。また、そうあるべきです。概して、今日の日本の大学は英語に偏りすぎています。もっと多くの人が英語以外の外国語を学ぶべきではないでしょうか。また高校で英語が嫌いになった人が、いつまでも英語にしがみついている必要はありません。

逆に、大学で英語を学ぶことにあまり興味を持たない人もあるでしょう。中には、そのまま卒業後には英語と縁が切れてしまう人もあるかもしれません。その人たちはおそらく、大学生活の中で集中しなければならない他の事柄に心が捕われてしまって、英語を学ぶ時間を見出すことが難しいのでしょう。それはそれでよいのではないかと思います。先年ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士は、ご自身で「英語はぜんぜんダメだ」と言われていました。それでも世界一流の科学者であることが認められたのです。少なくとも科学の分野では、英語ができることが一流になれる条件ではないようです。日本語だけで、現代科学の最先端の研究が可能なのです。これは現代日本語が、英語に劣らず、科学的思考と記述に有用な言語であることを証明しています。

他方、大学生の大多数はその中間くらいのところで、とくに英語に興味があるわけではなく、卒業に必要な単位を取るだけ勉強し、卒業後も普段は日本語だけで不自由を感じることなく、何かのときに英語を使用する機会が生じるという生活を送ることでしょう。仕事や観光のために海外に出かけるとか、外国から来た人と交流するとか、これからの世の中では誰にでも普通に起こりそうなことです。その時に学校で学んだ英語が役に立つかどうかで、人々は各自が経験した英語学習を評価します。英語はずいぶんやったのにちっとも使えるようにならなかったなど、英語教育に対する評価は概して否定的になりがちです。しかしその場合に、たとえ完全な再学習が必要だと感じる人でも、ゼロからスタートする必要はない(中学校の教科書くらいは分かる)はずで、苦労しながらも既習の英語知識を動員して何とか切り抜けることができるのではないでしょうか。自力で再学習をすることができる能力があるならば、その人の学生時代の英語学習は必ずしも失敗ではなかったと言えます。

最近は日本の大学も変わりつつあります。先日の新聞に(朝日新聞7月26日、27日版)国公立大学の広告特集が二日にわたって掲載されました。そこには東大、京大をはじめ、十数の大学がそれぞれ新聞1ページを使って自己宣伝をしていました。これを読めば現代の大学がどんな教育改革を目指しているのか、特に外国語教育についてどんなヴィジョンを持っているかが分かるだろうと期待して目を通しました。筆者が注目した記事を以下に挙げます。

やはりグローバル時代の要請を受けて、英語教育や外国語教育に力を入れている(入れようとしている)大学が多いと感じます。たとえば東京海洋大学では、来年度から「海洋科学部」を「海洋生命科学部」と「海洋資源環境学部」に改変し、そこではTOEIC 600点を4年次の進級要件とするそうです。神田副学長は「海洋関係者にとって、英語の習得は必須。海洋にまつわる専門的な英語教育はもちろん、外国人教員による英語での専門科目の講義、海外インターンシップなどを実施します。」と語っています。来年からこれらの学部では、英語嫌いの入学者は実質的に排除されることになりそうです。

東京工業大学は以前から文系科目の履修や外国語の知識と教養を重んじていることで知られていますが、ここも国際社会に対応すべく、2019年度までに大学院の専門科目はほぼすべての講義を英語化する予定だそうです。「大学院では英語を母語とする外国人教員による講義を増やしたので、学生は英語での講義に慣れてほしいと考えています。」と三島学長は入学式の英語の式辞で述べました。東工大の学生は学部の4年間でみっちりと準備をしさえさすれば、大学院での英語の授業を受けるだけの力をつけることが可能なのでしょう。

都留文科大学は教員養成を中心とした単科大学です。福田学長の話では、来年4月にはバイリンガル授業を行い、デンマークなどの北欧を中心に学生全員を留学させる国際教育学科を新設するそうです。文科省の審査に合格すると、国際的な教育プログラム「国際バカロレア」(注)に対応した教員養成機関として、学部として日本で始めて認定されるうちの一校になります。「国際バカロレア」は最近日本でも注目されているものですが、それを大学教育カリキュラムの中に大胆に組み入れる試みが注目されます。これが成功するためには大学側の努力も必要ですが、高校でも生徒の英語学習への方向づけがしっかりとなされる必要があるように思われます。

以上のような英語一辺倒の中にあって、東京大学の「トライリンガル・プログラム(TLP)」が注目を惹きます。これは「グローバルリーダー育成プログラム」の一環として2013年度に教養学部に発足したもので、グローバル社会においては高度な英語力は必須だが、英語に加えてもう一つの外国語の高い運用能力を集中的に習得するための教育プログラムだということです。入学時に高い英語力を持つ学生のうちから希望者を集い、前期課程の1年半で履修させます。当初は中国語だけだったのが、本年度からはドイツ語、フランス語、ロシア語が加わったということです。こういうプログラムが他の大学でも増えるといいと思っているのは筆者だけではないでしょう。

最後に京都大学へ行って終わりにします。京大は古くから独創的な研究者を多数生み出していることで知られています。ノーベル賞受賞者は他大学を抜きん出ています。理学部の北川教授が語っています。「ゆったりしたアカデミックな雰囲気が人を育てます。世界で誰もやっていない独創的な研究に挑戦するには、道に迷っても、遠回りをしてもいい、というゆとりある環境が必要です。」と。やはりこういうのが大学らしい大学ではないでしょうか。筆者が今高校生だったら、きっと京大を目指して猛勉強をするだろうと思います。

(注)「国際バカロレア」(International Baccalaureate, IB)とは、国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)が提供する国際的な教育プログラムのことです。これは1968年にジュネーブに設立された非営利団体で、もともとは、世界各国から人が集まる国際的な機関や外交官の子どもたちが大学進学に困らないように、世界共通の大学入学資格と成績証明書を与えるプログラムとして開発されました。なおこれは、フランスにおける中等学校卒業と国立総合大学の入学資格を与える国家試験「バカロレア」とは別のものです。

国際バカロレアは年齢別に4つのプログラムを提供しています。そのうち大学受験に関係するものは16歳~19歳を対象としたDP(Dual Language Diploma Programme)です。これは以前、英語、フランス語、またはスペイン語で授業と試験を受ける必要がありましたが、近年その一部をドイツ語や日本語でも可能なプログラムが開発されつつあります。東京学芸大学附属国際中学校が2015年から日本語DP認定校となり、本年4月から「デユアルランゲージDPコース」を開設しています。ほかにも全国で37校(主として私立校)が国際バカロレア認定校になっています。政府は今後も認定校を増やす方針です。

近年、日本でも国際バカロレアのスコアを用いた特別入試を導入する大学が増えてきました。2016年入試では筑波大学、岡山大学など17の大学がこの入試を実施しています。