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文科省は2020年度から小・中・高の順に実施する学習指導要領の改訂を今年度中に行うことにしています。8月1日、「中央教育審議会」が審議まとめ案を公表したことで、その改訂の概要が分かってきました。文科省はこれを基にこれから学習指導要領の作成作業に入るのでしょうが、さっそくいくつかの問題点が浮かび上がっています。特に小学校英語教育に関して、慎重に考えなくてはならない問題がいくつも出ています。

まず中教審のまとめ案の概要を記します。その一つは、現在小学校5,6年生で行われている「外国語活動」が「外国語科」という教科に格上げされ、時間数が毎週1コマから2コマ(45分×2)に増えます。そしてその内容も、現在の「聞く・話す」中心の活動から、「読む・書く」の領域も加えて、中学校で行われているような四技能育成の指導に変わります。それに伴って授業では検定教科書が使用されることになります。それと同時に、英語教育は小学校3年から始まります。すなわち、小学校3,4年で毎週1コマ(年間35コマ)の「外国語活動」が行われ、そこで現在の5,6年と同じような「聞く・話す」活動を中心とした指導が行われます。つまり、小学校3、4年で英語を聞いたり話したりすることに慣れさせて、5年生から本格的な教科としての英語を学ばせようというのです。

小学校英語教育に関する以上の概要を耳にして、小学生の子どもを持つ親たちは、いよいよ小学校で本格的な英語教育が始まるらしい、これからの世の中で英語はますます必要になるのだから、これは非常に良いことだ、と好意的に受け取るのではないかと思われます。文科省も、人々のそのような意向をバックに、このような大胆な小学校教育の改革を進めようとしているのでしょう。しかし英語教育の専門家の立場から眺めると、ここで気になることがいくつも出てきます。以下に最も重要と思われる問題点を三つにしぼって指摘します。

第一に、小学校5,6年で英語を必修教科とすることに関連する問題です。英語を現行の「外国語活動」として教えるのと、「教科」として教えるのとではまったく違います。当然のことですが、「教科」として教えるためには教師は専門家でなければなりません。現行のように、「学級担任の教師又は外国語活動を担当する教師」では絶対にダメです。小学校だから教科の専門家でなくてもよいという言い訳は許されません。子どもたちにとっては、英語を教科として学ぶことは、彼らのその後の人生に決定的とも言える大きな影響を及ぼす可能性があります。十歳前後の子どもの脳はまだ柔軟ですから、もしここで失敗したら、それを取り返すことが難しくなるかもしれないのです。ここでは最善の教育がなされなければなりません。その教育を保障するために、英語は熟練した専門家が担当する必要があるのです。

これまでの我が国の長い英語教育の経験から、入門期の指導は最も重要であり、また教師にとっても非常に熟練を要するものだということで、すべての英語教育専門家の意見は一致しています。これに関しての説得力のある反論を筆者は見たことがありません。現在の中学校における英語教育の最大の問題点もここにあります。入門期指導を適切に行うためには、充分な見識と技能を備え、できことなら豊かな経験を持つ教員を確保することが必要なのですが、それがさまざまな制約から困難であることが、現在の中学校英語の最大の問題点なのです。中学校で解決できていない問題が小学校で解決できるのでしょうか。ほんとうに文科省は有効な解決策を持っているのでしょうか。

第二に解決すべき問題は、小学校と中学校の英語教育を一体化する問題です。これまでにも、小学校に「外国語活動」が導入されることになったとき、小・中の連携ということが議論されました。小学校で英語を学んだ子どもたちが、その学びを中学校の学びにスムーズにつなげるために、小学校と中学校とが充分な連携を行うことが必要だからです。しかし現実には、その連携がなかなか難しい。最大の理由は、小学校と中学校とが一体化していないからです。一般に、中学校に入学してくる生徒集団は複数の異なる小学校の出身者で構成されます。したがって、生徒が受けてきた「外国語活動」の内容は、小学校によってかなり異なっています。そこで中学1年生を担当する教員は、それらの異なる英語学習経験を調整することからスタートすることになります。しかしこれまでの小学校の「外国語活動」は「聞く・話す」に集中し、原則として「読む・書く」を扱わないことになっていましたので、中学校に入学してきた生徒たちの英語経験を調整することは比較的に容易でした。

しかしながら、小学校5,6年で英語を「教科」として学んできた生徒たちはこれまでとは違います。英語を「読む・書く」を含めて毎週2コマの英語指導を2年間受けてきているのです。従来の中学1年の授業を受けるのとほぼ等しい学習経験を持っているものと考えられます。この状況では、従来の小・中の連携では済みません。子どもたちの小学校での英語の学びを中学校のそれにスムーズにつなげるためには、これまでの「連携」をさらに一歩進めて、「一体化」にまで進化させる必要があります。しかし、そういうことが実際に可能なのでしょうか。先に指摘した問題点―小学校英語は英語教育の専門家が担当する―が理想的な形で実現した場合はともかく、そうでない場合には、中学校入門期の指導は混乱を極めることになると予想されます。そうなってしまったら(現状のままではそうなる確率大です)、もう取り返しがつかなくなるでしょう。

第三に解決すべき問題は、新聞報道でも取り上げられているように、小学校における「外国語」の指導時間を確保することです。これが新たに加えられると、3年生以降で年間35コマ分ずつ授業が増えることになります。すると小学校では、これまで限界とされている週28コマ(年間980コマ)を超えます。増える時間数をどう確保するかは、文科省は例によって、学校と教育委員会に委ねると言っています。学校はおそらく土曜日を使うか、夏休みを短縮するかしかないでしょう。こうして文科省は、現在にも増して、小学校を忙しくしようとしています。学校を忙しくすれば、教師も子どもも心の余裕を失います。そうなると、教育現場はかつてのゆとりのない荒れた教室に逆戻りすることになりかねません。そこまでの危険を冒して小学生に英語を教えることが、ほんとうに必要なのでしょうか。

小学校における英語教育を成功させるためには、実施に伴う上の諸問題を解決する確かな見通しを持つ必要があります。それができないと分かれば、文科省は勇気を持って実施を見送る決断をすべきです。見切り発車の小学校英語教育は、日本の小学校教育を破滅に導き、ひいては日本の教育システム全体を劣化させる導火線になることは明らかです。