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今度のアメリカ大統領選挙には驚きました。トランプという、無知を売り物にして相手をこきおろし、どうみても無頼漢としか思えないような、傍若無人に振舞う人物が大統領に選ばれてしまったのですから。彼の支持者が30%くらいはいると思っていましたが、まさか半数に達するとは夢にも思いませんでした。地球温暖化などは「でっち上げ」(hoax)だと選挙中に叫んだ、あの赤鬼のようなトランプの顔が忘れられません。この一事だけでも、トランプはアメリカ大統領失格だと筆者は思っていました。

当然ですが、アメリカでもこの結果を受け入れられないという人も多いようで、アメリカ各地で “NOT OUR PRESIDENT”のプラカードを掲げた抗議デモが広がっています。太平洋を隔てた日本でもこの結果を信じられずにいる人は多いでしょう。筆者もこの結果を聞いて二・三日は呆然としていました。しかしいつまでもそうしてはいられません。まずは、なぜこのようなことが起こったのかについて、きちんとした理由を知りたいと思いました。そうでないと、これから世界がどこに向かうかを考えることができません。

トランプの勝因については、新聞やテレビですでにさまざまな人が分析をしています。まずヒラリー・クリントンの敗因については、メール問題が第一に挙げられます。その疑惑が選挙終盤までクリアされませんでした。それどころか、11月8日の投票日直前になって、FBIがクリントン候補の新たなメールを発見したことを公表しました。これが選挙の流れを一挙にトランプに変えました。また、第三の党から立候補したスタイン(Jill Stein)とジョンソン(Gary Johnson)が、クリントンに入ったはずの票の一部を奪ったと主張する人もいます。そして最も致命的だったのは、クリントンが既得権益層(the establishment)の味方だと見なされたことでした。しかも、クリントンが勝てば女性初の大統領になるというのに、女性有権者の彼女への好感度が低く、特に中年以上の女性票がトランプに流れてしまったのが致命的でした。

トランプはどうでしょうか。何が彼を勝利に導いたのでしょうか。多くの解説者(commentator)が最初に挙げるのは、労働者階級(working class)の白人たちの不満が爆発したというものです。自動車産業を筆頭として、近年のアメリカ製造業界は不況の中にあります。経済のグローバル化は彼らの立場をますます不利なものとしています。多くのアメリカ人労働者(特に白人)が外国企業や南米などからの移民たちに職を奪われ、現状に大きな不満を感じています。そこにトランプが “Make America Great Again”のスローガンを掲げて華々しく名乗りを上げたのです。大学教育を受けていない、したがってTPPや地球温暖化などの問題には関心のない労働階級の白人たちが、こぞってトランプに自らの運命を賭けたというわけです。

しかしそれだけで今回の現象を完全に説明することはできません。なぜなら、白人労働者だけではトランプが過半数を得ることはできないからです。では誰が彼らに同調したのでしょうか。その回答を探っていたところ、筆者は今週のタイム誌(TIME Nov. 21)に掲載されているコラムに注目しました。それはプリンストン大学のグロード(Eddie S. Glaude)という人の書いたコラムです(注)。彼によると、大学教育を受けていない労働者階級男性の圧倒的多数がトランプに投票したことは確かですが、それだけではなく、それ以外の白人の多くもトランプに投票したというのです。ある信頼できる研究所の行った調査によれば、有権者の4分の3を占める白人の48%がトランプを支持し、女性はその53%が彼に投票しました。そこには当然、知識階級の多数の白人も含まれていて、大学教育を受けた男性の54%、女性の45%がトランプに票を入れたというのです。つまり、アメリカ白人の約半数がトランプを支持したのです。

なぜそんなことが起こったのでしょうか。イスラム教徒は入国させない、メキシコとの国境に壁をつくり不法入国者は追放する、TPPには絶対反対する、地球温暖化防止のためのパリ協定からは離脱するなどと公言し、しかも、しばしば女性たちを貶め侮辱したという前歴が明らかになり、テレビでの最後の候補者同士のディベートでは、クリントンに向かって “Nasty woman!”という不快な言葉を投げつけました。そんな男を、アメリカの白人たちはなぜ支持したのでしょうか。筆者はそれに対する説得的な議論を先のグロード氏のコラムに見出しました。彼の意見に耳を傾け、筆者なりに理解し納得した事柄を以下にまとめます。

アメリカ合衆国は今から200年以上前の18世紀後半に、イギリスやヨーロッパから渡ってきた人々がつくった国です。その人々の核は白人でした。彼らは苦労してそこに新たな民主主義国家をつくり上げました。その過程で、まずアフリカから多くの黒人が奴隷として連れて来られ、やがて世界各地からさまざまな人々が移り住んできました。しかし白人たちはその都度、自分たちの価値を再確認し、変化に抵抗し、白人が他の者たちよりも大事だという信念を維持しようとしました。つまり、白人優先の信念と思想がこの国をつくり上げる基本的な価値となっていたのです。そこから生じる他の人種や民族との価値の隔たりは、高校卒業の労働者階級の人々には意識されていません。白人のエリートたちはそれを意識していますが、ふだんはより普遍的な価値の背後にそれが隠されています。今回のトランプの選挙は、労働者階級の怒りを表面化することによって、白人エリートたちが隠し持っていた彼らの伝統的な価値を呼び覚ましたのです。アメリカは基本的に白人優先の国なのだと。

アメリカは20世紀の二つの大戦を踏まえ、特に1960年代から、新しい価値への転換に向かって歩み始めました。すなわち多民族・多文化共存の文化の創造です。しかし、先般の世界を驚かせたイギリスのEU離脱(Brexit)に似て、アメリカにおける白人たちの古き良き時代への郷愁も、いまだに完全に消滅してはいないのです。古き良き時代は遠い昔に去ったのですが、そこで育まれた価値はまだ生きていて、それが完全に克服されるにはさらに多くの年月を必要とするのです。今度のトランプの選挙はそのことを明らかにしました。アメリカの白人たちは、図らずも、今回の選挙でその最後の抵抗を成し遂げたのです。これからの4年間のトランプ大統領の政治は、世界に大きな混乱をもたらすでしょう。しかしそれは、新しい価値の創造の過程では避けることのできない一時的な混乱であると筆者は考えています。

(注)Eddie S. Glaudeは、TIMEには、the chair of the department of African-American studies at Princeton Universityと紹介され、著書として Democracy in Blackが挙げられています。なお、プリンストン大学はアメリカ東部の伝統ある名門大学で、裕福階層の子弟を集めたエリート校として知られています。作家の村上春樹が、『やがて哀しき外国語』(講談社文庫)という著書の「大学村スノビズムの興亡」と題するエッセイで、プリンストン大学の教員や学生たちのスノビッシュ(snobbish)な生活を描いています。