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「ポリティカル・コレクトネス」(PC)に関する問題は、前回ふれたように、今年のアメリカ大統領選挙でのトランプの女性および白人以外のマイノリティーに対する差別的な発言によってにわかに表面化しました。なぜなら、トランプはその暴力的とも言える発言によって、これまでの政治家が守ってきた(または守ろうとしてきた)PCのルールを意図的に無視したからです。そうすることによって、彼はPCに対して反感を抱いている人たちの支持を獲得できると計算したのです。大統領選挙の結果は、彼の予測が見事に当たったことを示しています。つまりトランプは、PCに反する無謀とも思われる発言を繰り返すことによって一般大衆の感情に訴え、その人々の心をつかむことに成功したのです。

しかしアメリカにおけるPCの問題がどういうものかを承知していないと、上記の事情はよく理解できないかもしれません。日本ではPCという言葉を耳にすることは多くありませんし、聞いたことがあっても完全に理解している人は少ないのではないでしょうか。その原因は、日本はアメリカやヨーロッパに比べてマイノリティー人口の割合が小さく、この問題がアメリカやヨーロッパ諸国ほどには深刻になっていなかったからです。しかし近年、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチに見られるように、この問題が社会的に認知されるようになりました。PC問題は日本でもこれから大きな問題に発展する可能性が高いのです。そこでまずPCとはどういうことであり、それがいかに深刻な問題を含んでいるかを、順を追って述べることにします。

まず、トランプが大統領選挙に参入した頃からの発言で、PCに反すると思われるものを3つほど例として取り出してみます。これらは日本の新聞にも取り上げられたもので、明らかに個人やマイノリティーを侮辱するものです。

l  “If Hilary Clinton can’t satisfy her husband, what makes her think she can satisfy America?” <via Twitter, April 2015>(ヒラリー・クリントンが夫を満足させられないなら、アメリカを満足されられると思っているのはどういうわけか?)

l  “I will build a great, great wall on our southern border, and I will have Mexico pay for that wall.” <June 2015>(南側の国境にでっかい万里の長城を築いて、その費用をメキシコに払わせてやる。)

l  “Donald J. Trump is calling for a total and complete shutdown of Muslims entering the United States until our country’s representatives can figure out what is going on. <on his own website, December 2015>(ドナルド・トランプは当局が事態を把握するまで、イスラム教徒の合衆国への入国を全面的に禁止するよう要求している。)

このような発言について言えることの一つは、トランプがこれまでのどの政治家とも違って、私的な会話では口にすることがあっても、公けの場では慎むような言葉を敢えて発するという大胆な戦術を用いたことです。つまり、彼は当面の選挙に勝利するためには、他の候補者が禁じ手としている手段を躊躇せずに用いる人間だということです。おそらく彼はこれまでそのような戦術を用いて、自分のビジネスを拡大することに成功したのでしょう。しかしビジネスではそれが通用したとしても、これからのアメリカ大統領という、世界の大国をまとめ上げる立場にある政治家として成功するかどうかは大いに疑問です。彼のこれらの発言によって傷ついた人々が多数存在するからです。トランプがこれからの困難な職務を全うすることができるかどうかは、彼が大統領になって自分のしたい放題のことをするのではなく、すべきではないことを断固としてしない、言わないという良識を持つことができるかどうかです。

PCというと、私たち日本の英語教育関係者の間では、性別・人種・障害などに関する差別語を、非差別的表現に言い換える運動と理解していました。それは1980年代後半からだったと思います。たとえば性別(gender)を表す語では、 policemanをpolice officer, chairmanをchairperson, stewardessをflight attendant(またはcabin crew)など、男性または女性を表す語を両性に使えるように、中立的な表現に言い換えることでした。また、女性の未婚と既婚の区別を表すMissやMrs.を廃止し、どちらにも使えるMs.を使うべきだとしました。人種に関係する語に関しては、アメリカのような白人優位の多民族国家には黒人や有色人種への差別的表現がたくさんあって、多くの人々に日常的に使われていました。そういう語もより中立的な語や表現に換えられました。障害者に対する差別語についても同様です。日本語でも「めくら」や「かたわ」などの差別語が注意深く避けられるようになったのもその頃からでした。

しかしアメリカにおけるPCの問題はこれに留まるものではありません。それはもっと根の深いもので、その影響も広範囲に及んでいます。このあたりの事情を詳しく知るために文献を調べたところ、「ポリティカル・コレクトネス論争に関する研究ノート」(1994年)という論文に行き当たりました(注)。以下に、この論文に挙げられているPCをめぐる諸問題の中で最も重要と思われるものを3点にまとめておきます。これらは、日本でもこれから起こるであろうPC問題をめぐる議論を理解するのに、大いに役立つはずです。

(1)PC運動は、性別・人種・障害などに関する差別語を、誰からも非難されないような表現に変えることから始まったのですが、その運動が激化するにつれて「言葉狩り」の様相を呈してきました。そしてそれは単なる差別表現改革運動の枠を超え、過激な「言語浄化」(language cleansing)の政治運動にまで発展し、言論の自由を脅かす危険が生じるまでになりました。

(2)PCは建前上「多文化主義」(muticulturalism)を標榜するものですが、現実には非白人・女性・被抑圧階級・同性愛者以外の人間を許容しない政治的な「単一文化主義」(monoculturalism)に陥ってしまいました。

(3)PC運動が盛んになるにつれ、大学における大量のマイノリティーの進出と学問の多様化が進んできました。すると必然的に保守的な人々や伝統主義者たちから、それに対する強い批判があがりました。いわゆるPCの「揺り戻し」です。共和党のブッシュ大統領(George H. W. Bush)がミシガン大学での講演で「PCは検閲やいじめ」であると決めつけたのは1993年でしたが、それは逆に民主党のPC派を結束させることになりました。こうしてアメリカは、PCをめくって保守と革新の分裂が始まったのでした。

以上の経過から、PCは今や政治論争の中心に位置する深刻な問題になっているのです。そして次期大統領トランプは、PCに批判的な保守的勢力に訴えることによって選挙を勝ち抜いたのです。その戦略はまんまと成功しました。しかしそこで起こったアメリカ国内の分裂はますます深刻になりました。これによって生じたアメリカ国民の分裂をどのように修復するか、これが今やトランプの最大の課題となっているわけです。

(注)「ポリティカル・コレクトネス論争に関する研究ノート」の出典:文教大学人間科学部発行『人間科学研究』第16号pp.88-97(1994)三本松政之・関井友子。この論文は次のサイトから検索可能です。

http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/detail.php?id=BKK0000938