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< 社説よみくらべ > 投稿予告   松山 薫

 桐英会ブログを読んでくださっている皆さん、良いお年をお迎えのことと思います。昨年は仕事の都合で、3か月間投稿を休みましたが、それも終わりましたので、今月からまた投稿を始めたいと思います。今回は <社説よみくらべ>シリーズ を投稿します。

 NHK国際局報道部にいた頃、私は毎日10紙内外の国内新聞の社説を読んでいた。当時のNHK国際放送番組基準の第一章には、「 内外のニュースを迅速かつ客観的に報道するとともに、わが国の重要な政策及び国際問題に対する公式見解並びにわが国の世論の動向を正しく伝える。」とあったから、この国の世論の動向をつかむために社説を読むことはスタッフとして必須の仕事だった。

勿論、新聞の社説が世論のすべてではないが、特に日本の全国紙は、何百万という大部数を維持するため、世論の動向を無視しては成り立たないから、社会の「空気」には極めて敏感である。また、社説はいわゆる社論を代表するものであり、その新聞社の記事全体のトーンを決める。私が中性子爆弾(原爆の一種)の勉強をしていた頃、戦後の科学記者の草分け的な存在として在京記者の中でも一目置かれている朝日新聞の記者がいた。彼は原爆はもちろん、原子力発電にも批判的だったが、ある時から彼の論調が微妙に変わったと感じた。後で知ったことだが、その頃朝日新聞は原発反対から容認へ社論を変えたと言われる。

ネット時代に入って、活字新聞の影響力が低下したのは否めないが、新聞社の社論は系列のTVネットにも及ぶから世論の形成にはなお大きな力を持っている。新聞論調が世論に影響を与え、そうして醸成された世論が新聞の論調と一体化し、異論を排除し、社会の「空気」として定着していく。

そのような図式の典型を私達は明治以来の日本が戦争に突き進んで行った歴史の中に見ることができる。また、戦後、原子力発電が資源小国日本の経済成長の希望の灯として賞揚され、この災害列島の海岸線に50基を超える原子炉が立ち並ぶ風景を誰も異様と感じなくなった頃、つまり原発が「空気」のようになった頃に、福島の悲劇が起きた。そして今、私はそれを2020年東京五輪への新聞の論調と社会の「空気」の中に感ずる。
 
社説がどのような過程を経て書かれるのかについては、前に、丸谷才一の「女ざかり」を借りて投稿したことがある。新聞社の女性論説委員の筆禍事件を題材にしたこの小説はまた、新聞社が政治権力に屈し、それが闇に葬られていく過程をリアルに描いている。この小説を読んだ時、私はNHKが1964年の東京五輪を前に、内幸町の放送会館から旧陸軍の代々木練兵場があった国有地の現在の場所に移転した時のことを思い出した。格安の払い下げ価格をめぐって、蔭で政治権力との癒着がうわさされたが、真相は解明されなかった。

或る新聞記者は、新聞の使命として次の3項目を挙げている。(七千二百歳の遺言:三島昭男)

1.真実の究明と権力の監視  2.危険の予知と警鐘  3.先見の明と世論の喚起

新聞が本当にこのような使命を誠実に果たしているのかどうか、社説のよみくらべに当たっては、これら3項目を判断の基準としたい。

 ところで、私が入局した頃のNHKでは、記者制度は出来たばかりで、報道の主役は新聞社や通信社から来た記者達だった。会長は毎日新聞OBの阿部真之助だったし、彼の急死の後を継いだのは後にNHKの天皇とよばれた朝日OBの前田義徳で、私の直属の上司である報道部副部長もエリザベス女王の戴冠式を取材しのが自慢の元毎日新聞の記者だった。初めての記者研修の講師だった元読売新聞記者の報道局次長は「記者のモットーは”すべてを疑え”ということだ。よく憶えておけ!」と怒鳴るように言った。私は「ということは、そのモットーも疑え」ということですか?」とチャチャを入れたくなったが、当時の徒弟制度的な雰囲気の中では殴られそうだったのでやめておいた。それに、私達敗戦時の
若者は、軍国主義、全体主義の下で、徹底的に騙され、いのちさえ奪われそうになったのだから、疑えと言われなくても十分に疑い深くなっていたのである。

 この元新聞記者の号令には、もう一つ合点のいかないことがあった。“全てを疑え”と言っても、人間の社会である以上、疑うべくもない人類普遍の原理が存在し、それは記者としてのモットーよりも先に来るべきものだと考えていたので、一方的な言い方に違和感をおぼえたのである。

 敗戦による価値観の大転換にいやおうなく向き合わされ、悔いのない人生を送るためにはどうしたらよいのかを考え悩んんだ末たどり着いた私としての普遍の原理は、「自由・公正・人権の尊重」であった。その後、教師と失業、セールスマン、零細貿易商社の社員、ジャーナリスト、著述業、企業家そして経営者といくつもの仕事を経験しながら、この原理こそ、貫くべき吾が道であるという確信を深めて今日に至っている。「社説よみくらべ」では、この原則に沿って私見をのべてみたい。

 ”社説よみくらべ」は、全国紙、ブロック紙、地方紙の中からいくつを選んで、なるべく意見の分かれる問題についての社説をとり上げたいと考えていますので、投稿日はあらかじめ決められませんが、月1回程度のペースで進めるつもりです。と勇ましく進軍ラッパを吹いたものの、今夏には米寿を迎える身、からだはあちこち痛んでおり、何時まで続けられかわかりませんが、可能なかぎりは続けたいと思いますので、よろしくお願いいたします。 (M)