Print This Post Print This Post

中央教育審議会(以下、中教審)が学習指導要領改訂に関する審議結果をまとめ、昨年12月21日、松野博一文部科学相(以下、文科相)に提出しとのことです。その概要はこれまでの新聞報道でほぼ承知をしていたものですが、中教審での審議を経てその全体像が明らかになったいま改めてそれを見直してみて、英語教育に携わる人々に必然的に生じると思われる一般的な疑問点や問題点をいくつか挙げてみます。言うまでもなく中教審は教育全般にかかわる教育の理念や方法を検討する機関ですから、新しい学習指導要領の細部についての改訂作業は現在も続いているのでしょう。学校におけるその施行は2020年度の小学校から始まりますので、それまでにはまだ少なくとも3年の準備期間があります。いろいろな意見を取り入れて改善の手を加えるチャンスはまだ残されていると思われます。

今回はその第1回として小学校における英語教育、特に高学年(5, 6年生)における教科としての英語指導をめぐるいくつかの疑問点を取り上げます。筆者はネット上に公表されている中教審の答申を読んでいて、小学校の英語教育に関して常識では理解のできない不可解な記述があることに気づきました。これでよく中教審の審議が通ったものだと頭を傾げたくなるような事柄もいくつかあります。今回特に問題として取り上げたいのは次の3点です。

(1)小学校高学年の外国語教科の指導時間が確保できていないこと。

(2)誰が授業を担当するのかが明確でないこと。

(3)その他、教材や評価などの問題。

今回はこれらのうち(1)と(2)の問題を取り上げて筆者の感想を述べます。(3)についてはさらに大きな問題に発展しそうなので次回にまわします。

その1.指導時間確保の問題

小学校高学年において「外国語」を教科とし、年間70時間程度の指導を当てる方針は前回の中教審の審議ですでに決定されていました。今回の答申の「小学校の外国語教育における改善・充実」の項目には、この点に関して《・・・「聞くこと」「話すこと」の活動に加え、「読むこと」「書くこと」を含めた言語活動を展開し、定着を図り、教科として系統的な指導を行うためには、年間70単位時間程度の時数が必要である。》と書かれています。これは想定の範囲ですが、問題はこの時間数をいかにして確保するかです。小学校の授業時間数は現行の週28コマ(年間980コマ)が限界とされており、ここに「外国語」の教科として週2コマを増やすと1コマ分(年間35コマ分)がはみ出す計算になります。それを現場でどう解決するかは難しい課題です。理論的には不可能なことです。これを文科省がどのように解決するのかは気になるところでした。

この点に関しては中教審でも議論があったのでしょうが、結局は各学校に工夫して捻出してもらうほかないという結論だったようです。ここで文科省は説明責任をはたすために一計を案じたのです。「時事ドットコムニュース」によれば、去る12月26日、文科省は小学校における授業時間確保に関する実践的な調査研究を行う方針を決め、17年度に16地域(64校程度)をモデル地域に指定し、土曜授業、夏期授業、土曜と夏期授業の組み合わせ、授業日数は変更せずに週当たりの時間数を増加、などのパタンを想定しで施行させることにしたというのです。そしてそのための関連経費約5300万円を、同年度予算概算要求に盛り込んだということです。筆者はこの記事を読んで、さすがは知恵者ぞろいの文科省だと感心しました。しかしこれで一件落着とはいきません。なぜなら、もともと無理なものを強引に押し込めるのですから、そのゴリ押しの弊害は何かの形で(たとえば教員の勤務条件をさらに悪化させる、子どもの学びの集中力を低下させるなど)、早かれ遅かれ顕在化するものだからです。

その2.指導教員の問題

小学校の英語を誰が教えるのかは、当初からの難問でした。これについては筆者も本ブログや雑誌(『語研ジャーナル第15号』2016)などに意見を述べました。その要旨は、小学校での英語教育は英語の基礎教育であり、これまでの中学校入門期の指導と共通する部分はあるものの、高校や大学の英語教育とはまったく異なるものだということです。英語ができれば誰でも教えられるというものではないのです。まして日本語を知らないネイティブ・スピーカーなどに教えられるものではありません。入門期の英語指導者が特別な知識と技能を必要とすることは専門家の常識となっています。今度の中教審の答申にも、たしかにそのことに触れられてはいます。たとえば「指導体制、教員養成・研修等」の項目に《・・・教科化に対応する専門性を一層重視した指導体制を構築することが必要である》とあります。中教審も文科省も、教科としての英語指導者の重要性についてはよく認識しているようです。

しかし今度の中教審答申には、その具体的な方法に関して私たちを納得させるような企画は何もありません。そこには、「教育委員会、大学等と連携し、教員の養成・採用・研修の一体的な改善の取り組みを進め、小学校教員の専門性を高める・・・」とか、「中・高等学校の教員免許を有する小学校教員や退職教員が専科指導を行ったり・・・」など、様々な方策が細かく記されています。しかし、そのほとんどがこれまで言われてきた事柄ばかりで、目新しいものは何もありません。そして最後の部分に、「このような取組を通じて、学級担任はじめ全教員が外国語に触れ、外国語を指導する力を身に付けることができるよう、構内研修や外国語教育における域内の連携体制を充実させていく・・・」などと書かれています。そんなことが現在の忙しい小学校の現場で実施できると文科省は本気で考えているのでしょうか。これは机上で作成された架空のプランにすぎず、英語教育の専門家の目からすると、とうてい実施可能なものとは思えません。

どうやら文科省は、小学生に英語を教えるなどは簡単なことであって、数回の研修で要領を教えれば、誰でもすぐ教えられるようになると考えているようです。そして、そのための最良の教材を文科省主導で作成する自信があるようです。とんでもない安直な考えです。このやり方では、結局のところ、日本全国のいたる所で英語を実際に使ったこともない学級担任が「外国語」を担当することになるのは明白です。変な英語を使って、一生懸命に授業を進めようとする小学校の先生方の姿を想像して胸が痛みます。英語教育に長年関わってきた専門家としてもう一度申し上げますが、日本語と語系を異にする英語という言語の基礎を小学生や中学生に教えるということは大変に難しいことなのです。従来中学校から指導を開始していた日本の英語教育がうまく機能しなかったとすれば、その大きな原因の一つは、入門期の英語指導に十分な専門家を配置できなかったことによるのです。