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教材の問題

昨年12月21日に文科相に提出された中教審答申の中には、小学校外国語科の教材に関して、「国は、教科化に対応した教材を開発し、平成30(2018)年度には先行して活用できるようにする必要がある」と書かれています。実際に、現在すでにその仕事が始まっているようです。そうでなければ、2020年度から使用する英語教科書が間に合いません。小学校の英語教育に関係する人々は、どんな教科書が現れるのかを心待ちにしていることでしょう。

しかしここにいくつかの大きな問題が存在します。一つは、文科省の初等中等教育局には英語教材を開発するための人材が集められているようですが、どんな教材が作られるにしろ、文科省作成の教材はその後に民間の教科書出版社で作成される教科書の作成基準のようなものを提供することになります。実際に、文科省は2014年度に小学校高学年用の「Hi, friends! Plus」という補助教材を開発し、2015年度から研究開発校で使用させています。また「読む」「書く」に関する基礎を養うための補助教材もすでに作成し、そのデジタル教材を地方教育委員会に配布し、2016年度には研究開発校で使用させてその検証を行っています。このように、今回の小学校高学年の英語教科化の手順のすべては文科省主導で行われています。まさか文科省は小学校の英語教科書を国定にするつもりではないでしょうが、現在の進行状況からすると、結果的には、民間教科書会社で作成される教科書を統制し、その多様性を失わせるのではないかと危惧されます。

そればかりではありません。そのスケジュールの忙しさは尋常ではありません。まさに一刻を争うビジネスの様相を呈しています。日本英語検定協会(英検)が発行している『英語情報』(2016 2・3月号)によると、文科省は小学校の英語教材に関して次のようなスケジュールで動いているとのことです(注)。すなわち、2015・16年度に新たな補助教材の配布・検証が行われ、2017年度に教科書が作成され、2018年度に教科書検定がなされ、2019年度に教科書採択がなされるというのです。小学校5・6年生のための新しい教科書作成に、2017年度の1年間しか当てられていません。なんとあわただしいスケジュールなのでしょうか。全体計画を立案する人たちは机上の計算合わせでどうにでもなるのでしょうが、これを実行する人たちはたまったものではありません。

この間、教材作成に加えて、小学校における「英語教育推進リーダー」の育成研修や、十数万人にのぼる小学校教員を対象とした英語指導力向上のための研修が行われています。しかし、そこでまともな研修が行われているとは考えられません。数回の研修で英語力や指導力が向上するはずがないからです。おそらく、文科省作成の小学校英語教材(デジタル教材、ワークシート、活用事例集等を含む)の使い方を学ぶことになるのでしょう。そうして小学校の先生方を鼓舞し、「私たちも教材をうまく利用すれば英語を教えることができるのだ」という自信を持たせようとするのでしょう。こうして小学校の「外国語」は2020年度の開始を目前にして、まさに突貫工事が強行されています。しかし文科省は、それによって生じる負の効果を計算に入れてはいないでしょう。

評価の問題

中教審答申は、小学校高学年の教科としての外国語教育における「観点別学習状況の評価」について、中・高の外国語科と同様に「知識・技能」、「思考・判断・表現」、「主体的に学習に取り組む態度」の3観点により行う必要があると述べた上で、その「評定」について次のように書いています。

「小学校高学年の外国語教育を教科として位置付けるに当たり、「評定」においては、中・高等学校の外国語科と同様に、その特性及び発達の段階を踏まえながら、数値による評価を適切に行うことが求められる。その上で、外国語の授業において観点別学習状況の評価では十分に占めることができない、児童一人一人のよい点や可能性、進歩の状況等については、日々の教育活動や総合所見等を通じて児童に積極的に伝えることが重要である。」(下線は筆者)

新設される小学校高学年の「外国語」の評価について、中教審答申がここまで踏み込んで記述するのは奇異な感じがします。現行の中学・高校の学習指導要領には、評価についての記述はありません。もちろん、中教審答申の記述がそのまま学習指導要領に記載されるのではないのでしょうが、今回改訂される学習指導要領には評価に関して何らかの記載がなされる可能性があります。もしそうなると、学習指導要領は法的拘束力を持つものですので、その影響は絶大です。全国一斉にそのようにすべしということが徹底されるわけですから、評価に関して各学校で工夫をする余地がほとんどなくなり、教育の画一化はいっそう決定的なものとなります。小学校における「外国語」という新しい教科の理念や方法がまだ定まらない教育現場において「数値による評定を適切に行うこと」が求められるとは、従来の教育現場の常識では考えられないことでした。

さらに、そこから生じる波及効果を考えなくてはなりません。小学校において英語の評価が他の教科と同様になされると、それは中学入試に大きな影響を与えることは確実です。おそらく、私立学校の多くが中学入試に英語を導入するでしょう。小学校高学年の現行の「外国語活動」とは違って、教科としての「外国語」では「読む」と「書く」の指導がなされます。文科省はもはや、中学入試に英語を課さないように全国の私立学校に要請することはできないでしょう。その結果がどうなるかを推測してみると、難しい中学入試を目指して英語の学習に励む一部の子どもたちがいる一方で、そこから取り残され、小学校段階で英語の学習に興味を失ってしまう子どもたちが量産されることになります。筆者が想像するのは、およそ次のような英語学習格差の様相です。

公立小学校での英語教育は、その専門家が指導する学校とそうでない学校とで大きな差が生じるでしょう。また、高学年での週2単位の指導時間をどのような形態にするかによっても、指導効果に相当の格差が生じるはずです。それは学校の指導体制の不完全さによって生じる環境的格差といえます。次に、子どもの家庭経済の状況によっても大きな格差が生じます。それはいわば社会的格差です。小学校での英語の授業に満足できない子どもやその親たちは、もし家庭経済が許すならば、塾に通わせることを考えるでしょう。小学校高学年の英語が教科化されていちばん喜んでいるのは学習塾・進学塾および英検です。しかし塾に通うには金がかかります。英検を受けるにも受検料がかかります。貧困家庭はもちろん、家計に余裕の乏しい多くの家庭では塾や英検を諦めなければなりません。かくて小学校の英語教育は、その卒業時において、ごく少数のエリートと残り大部分の非エリートとを選り分けるという、選別の教育に堕すことになります。もしそうなったら、日本の未来に希望はありません。

(注)この情報は文科省初等中等教育局外国語教育推進室から得た資料に基づいています。