Print This Post Print This Post

今年3月に公示された新学習指導要領で、文科省は小学校の高学年(5、6年)の「外国語」を教科とし、週2単位時間に相当する授業を行うことにしました。「外国語」といっても実質は「英語」です。英語を教科とすることの問題点、またなぜ「英語」ではなくて「外国語」なのかについての議論はさておき(注1)、ここでは小学校の英語の読み書きの指導をどうするかの問題を取り上げます。現行の学習指導要領では、小学校の「外国語活動」は読み書きの指導に消極的で、「音声によるコミュニケーションを補助するものとして用いること」(注2)としています。それがなぜ今度の改訂で文字を積極的に指導するように変更されたのか。そして読み書きの指導が解禁となるからには、ぜひ正しい指導を行ってほしいものです。どのようにしたら正しい指導になるのか、また指導する先生方はどのような事柄に留意すべきかを考えます。

まず、今回の改訂で「外国語」に文字指導を加えることになった理由は何でしょうか。それはおそらく、「言葉を学ぶことは文字を学ぶことだ」という日本人の通念に文科省が逆らえなくなったのでしょう。文明開化の明治期に近代的学校制度がスタートした最初から、というより、それ以前の寺子屋での四書五経素読の時代から、子どもたちが寺小屋や学校へ行くのは文字を学ぶためでした。文字を学ぶことは全ての学問の始まりでした。そして現代の小学校においても、子どもたちが小学校に入学して最初に学ぶのは文字の読み書きです。読み書きができなくては、他の教科の学びも困難だからです。しかも日本語は、他の多くの言語に比べて文字のシステムが複雑です。「ひらがな・カタカナ・漢字」の3種類の文字を使い分けなくてはなりません。

このことは日本人には当たり前のことですが、日本語の読み書きの学習は英語の母語話者にとっては想像以上に習得の困難なシステムのようです。「日本語は悪魔の言語だ」と言って嘆いた外国人がいたそうですが、本当にそうなのかもしれません。日本人の子どもにとっても、特に漢字の習得には小学校の6年間を必要とします。当用漢字の習熟をも含めると、その学習には9年の義務教育の全過程を必要とします。それでも(というより、難しい学びだからこそ)、日本人の識字率は世界一を誇ります。このことはOECD(経済協力開発機構)の調査でも明らかになっています(注3)。その成果は、文字の学びに関して日本の子どもたちが長期にわたり忍耐強い努力を怠らないためです。

前回の学習指導要領の改訂(2008年3月告示、2011年度から施行)で小学校高学年に「外国語活動」が新設されたとき、文科省は、音声面の指導を中心にして文字の読み書きをできるだけ控えるように指示しました。それが入門期における外国語学習の常識とされていたからです。しかし実際にそれを実施してみると、生徒からは「文字をもっと学びたい」、教師からも「文字をきちんと教えたい」という要求が高いことが分かりました。英語教育の専門家や実践者の中には、初期における音声指導の重要性を認めながらも、文字の指導に関してそれほど遅らせる必要はなく、むしろ初期の段階からきちんとした文字指導を行うべきだと主張する人もありました。その主な理由は、文字を知らなければ単語や表現を記憶しにくく、家庭での自己学習も難しいということです。

そういうわけで、今回の学習指導要領改訂で、小学校中学年の「外国語活動」で英語の音声に触れさせた後に、高学年で文字を扱うということになったことについては筆者に違和感はありません。しかも子どもたちの多くがそれを望んでいるというのですから、それに反対する理由はありません。そういうことよりも、そこでの問題は小学校で英語を担当する教員に正しい文字指導ができるのかということです。小学校教員の多くは大学卒なので、中学から大学まで英語を学んだ経験があります。ですから英語を話したり書いたりすることには自信がない人も、読み書きならば教えられると考えているかもしれません。しかしそれは危険です。日本語を知っていれば誰でも小学生に読み書きを教えられるというものではないように、英語を知っていれば誰でも小学生に英語の読み書きを教えられるものではないからです。専門家に言わせれば、英語の文字指導は英語教育の素人が考えるほど簡単なものではないのです。

それがいかに難しい知識と技術を必要とするかは、その分野の専門家の書いたものを読むと分かります。最近、田中真紀子著(神田外語大学教授・同大学児童英語教育研究センター副センター長)「小学生に英語の読み書きをどう教えたらよいか」(研究社2017年)という本が出ました(注4)。この本によると、その難しさの原因は次の2点にあります。

(1)英語の文字は音素を表していること:日本の子どもたちが最初に接するのは「ひらがな」ですが、これは音節文字です。ですから子どもが「ひらがな」を読めるようになるためには、語を構成する音の連なりを聞いてそれを音節に分解して弁別でき、語を構成する文字の連なりを見てそれを一つひとつの文字に分解して識別できるようにし、さらにその音節と文字を対応させることができるようになる必要があります。これに対して、英語の文字は音素を表しています。ですから英語が読めるようになる第一歩は、それぞれの文字が音素と結びついていることに気づく必要があります。そこで、英語の文字の学びは音素を弁別できるようにすることが最初の課題となります。そのためには英語の音に十分に慣れて、その主要な音素を意識的に弁別できるようになることが重要です。実は、これは英語を母語として育つ子どもたちにとっても大変難しい学びです。それは単に英語のアルファベットの名前(エイ、ビー、シーなど)を知るのとは全く異なる学びなのです。

(2)英語の綴り字は基本的にはフォニックスの規則に従っていること:英語の綴り字の最大の問題は、ラテン文字を借用しているのにラテン語のように音と文字の対応が規則的ではなく、その対応がかなり不規則なことです。バナナ(banana)は規則的ですが、りんご(apple)やオレンジ(orange)になると違ってきます。これが英語の学習者を悩ませる大きな問題です。しかし、英語の文字と発音の関係はでたらめではないのです。よく調べてみると、そこにはかなりの規則性が見られます。それを教えるために工夫されたのがフォニックスです。特に米国では、1990年代に行われた読みの科学に関する研究に基づいて、現在ではフォニックスが全米の小学校で取り入れられているようです。日本においても、その研究は小学校英語の指導者に必須のものです。

最後に英語の読み書き指導で最も重要と思われることを付け加えます。それは、これまでの多くの中学校教師が経験していることですが、文字の読み書きの学びには個人差が大きく、比較的に進歩の速い子と遅い子がいることです。このことをしっかり頭に入れておかないと、必ず落伍者を産み出します。しかしここで落ちこぼれてしまうと、その子はそれ以後の学びについていけなくなる公算が大です。ですから指導者は、飲み込みの速い子に目を留めて、遅い子を置いてきぼりにしないように注意しなくてはなりません。英語が教科になったからといって、それを選別の道具にすることは許されないことです。

(注1)英語を教科とすることの問題点はすでに本ブログで取り上げました。ではなぜ「英語」としないで「外国語」とするのか―それに疑問を感じる読者もあるかもしれないので、ここで若干の説明を加えます。日本の英語教育は少なくともタテマエとしては、小学校から高校に至るまで、これまで一貫して「英語」は「外国語」の中の一つとして扱われています。しかし現実には、英語がつねに第一外国語の地位を占めてきました。その現実を踏まえて、現行の小学校・中学校の学習指導要領は「英語を取り扱うことを原則とする」と書いています。ただし一部の中学校(主として私立中学校)では、伝統的に、英語以外の外国語を取り上げているところがあります。また高校(公立高校を含む)では、文科省がそれを奨励していることもあり、他の外国語(中国語・韓国語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ポルトガル語など)を第1外国語または第2外国語として取り上げている学校があります。しかし実際には、大学入試が英語に偏っているため、高校生は他の外国語を選択する余裕がなく、英語以外の外国語履修者はきわめて少数(高校生総数の約1.5%)です。

(注2)現行の小学校学習指導要領の「外国語活動」には、内容の取扱いについて次のように書かれています。

「外国語でのコミュニケーションを体験させる際には、音声面を中心とし、アルファベットなどの文字や単語の取扱いについては、児童の学習負担に配慮しつつ、音声によるコミュニケーションを補助するものとして用いること。」(外国語活動 第3 指導計画の作成と内容の取扱い 2.のイ)

(注3)OECD(the Organization for Economic Cooperation and Development)が2011~2012年に24の国・地域の16~65歳成人を対象としたリテラシー調査(読解力調査)では、日本の平均点は296点の第1位で、2位のフィンランド(288点)を8点上回っていました。この8点差は統計的に有意とされています。ちなみに3位はオランダ(284点)、4位はオーストラリア(280点)、5位はスウェーデン(279点)と続いています。

(注4)この本は「理論編」と「実践編」から成り、その中心は「音素認識を高める指導」と「フォニックスを使った読み書きの指導」です。そして指導の対象が小学生ですから、歌やチャンツを使ったり、絵本を使ったり、身体を使ったりする工夫が必要になります。英語を専門としない小学校教員で、高学年の「外国語」を担当することになった方々は、ぜひこのような本をじっくり読んで、英語の読み書き指導の基本を理解していただきたいと思います。