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8月号の『英語教育』の第1特集は、3月末に告示された小・中新学習指導要領の内容についての解説と、それを読み解く際の論点を英語教育関係の諸学会代表者に挙げてもらうという記事で構成されています。

まず今回改訂された新学習指導要領内容の解説は、これからの教育を国がどのような方向に導こうとしているのかを、その問題に詳しい方々がそれぞれの立場から述べています。最初の二つは主要キーワードの解説です。田村学氏(國學院大學教授)と酒井秀樹氏(信州大学教授)が新学習指導要領で用いられているキーワードを挙げながら、中教審と文科省で練り上げた教育理念を解説しています。そこでは、すべての教科に共通して育成すべき資質・能力として、①生きて働く「知識・技能」、②未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」、③学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性」の3つが挙げられています。これらを英語教育に当てはめると、これまでのように一方的に知識を教え込む授業ではなくて、これからの子どもが実際の社会で活用できる学力を身につけるために、「主体的・対話的で深い学び」を実現することが求められていると強調されています。

次いで向後英明氏(敬愛大学教授:今年3月まで文科省・初等中等教育局教科調査官)が「新旧対照で読み解く中学校学習指導要領」というタイトルで、現行の学習指導要領と今度改訂されたものとの違いを分かりやすく解説しています。その決定的な違いは、全般的に、今度のものがより具体的で詳細にわたっていることです。たとえば「外国語」の目標は、現行のものは3行くらいに収まっていますが、今度のものでは中教審の設定した教育方針にしたがって、 [知識及び技能]、[思考力、判断力、表現力等]、[学びに向かう力、人間性等] の3項目に分け、それぞれに具体的な記述がなされています。また英語の目標も、現行のものは聞くこと、話すこと、読むこと、書くことの各技能1項目(計4項目)について簡単な記述がなされているのに対して、今度の改訂では「話すこと」の技能が [やり取り] と[発表] に分けられ、合計5つの技能・領域について、15項目にわたる詳しい記述に書き換えられています。

心配なのは、学習指導要領に盛り込まれたこれらの項目を現場の忙しい先生方が丁寧に読んで理解してくれるかどうかです。ここに書かれているものは、現場の教師にとって馴染みのないものではないけれども、自分が実践するにはなかなか高度な知識と指導技術を必要とするものです。文科省教科調査官の方々は、教員研修などで口角沫を飛ばして説明に努めることでしょう。暑い夏なのにご苦労なことです。しかし評者は常々、学習指導要領は文部科学大臣の名によって公示される公的文書なのだから、簡潔なほどよいと考えています。このような、細部にわたるまで詳細に記述された指導要領に縛られるのでは現場の教師が萎縮してしまい、創意工夫の意欲を失ってしまうのではないでしょうか。

次の「小学校学習指導要領を読んで一歩前へ」は、執筆者の久埜百合氏(中部学院大学学事顧問)が小学校での英語教育実践者・研究者の立場から、高学年での英語指導で注意すべき事柄をまとめています。その中で特に注目したいには文字指導です。小学校で英語の読み書きが指導されることになって、どんなことになるのか教育専門家の多くは心配しています。小学校で英語を担当することになる先生方は、ぜひこのようなアドバイスに耳を傾けて研究していただきたい。ただ、これは雑誌の編集者に言うべきことですが、中学校の新学習指導要領について詳しい解説があるのだから、小学校のものについてもしっかりとした解説がほしかったと思います。

次の斎藤剛史氏(教育ジャーナリスト)の「学習指導要領周辺で、学習・指導はこれからどう変わる?」の記事は、標題の示す通り学習指導要領そのものではなく、それをめぐる英語教育の状況が現在どのように変化しつつあるかをジャーナリストの観点から述べたものです。評者が特にここに記録しておきたいと思ったのは、斎藤氏が最後に述べている言葉です。その要旨は、英語教育の問題は英語によるコミュニケーション能力の重視か否かということではなくて、学校における英語教育とは何か、それはどうあるべきなのかの答えを、英語教員の一人ひとりが真剣に探すことではなかろうか、というものです。評者もその通りだと思います。文科省が法的拘束力を持つ詳細な学習指導要領によって教員を縛るのは、まさに権威主義的教育行政にほかなりません。教育を変えていくのは、学習指導要領の押し付けによるのではなく、現場の教員一人ひとりの研究心と創意工夫の積み重ねなのです。

第1特集の後半は8人の英語教育関連学会・研究会の代表者による1ページずつのコメントです。そこでは、今度の改訂学習指導要領についての重要な問題点がいくつか指摘されており、その多くは小学校への英語教科化に関するものです。小泉 仁氏(日本児童英語教育学会)は、①授業時間の確保と②人材の確保について述べています。②の人材の確保については、「英語専科教員レベルの資質と小学校教員の資格と実力を備えた推進リーダー的人材を多数育成し、数年後には1校に1名配置できるよう、行政の努力に期待したい」と述べています。まさにその通りで、それが実行できないようでは、今回の学習指導要領は絵に描いた餅に終わることは必然のように思われます。江利川春雄氏(日本英語教育史学会)によると、「小3~小5の担任は約14万人だが、国が研修する小学校英語教育推進リーダーは2018年度までに全国で1,000人ほど」だそうです。これでは焼け石に水です。

また①の授業時間の確保についてもいろいろ問題があります。現在実験的に行われているモジュールによる週1コマの確保は、専科教員やALTの配置を排除し、結局は学級担任による授業になる可能性が高くなります。小泉氏は、「CDを用いた機械的ドリルに終始したり、フォニックスの書き取りですませるようでは、児童の意欲を繋ぎ止めることはできない」と述べています。この問題については、瀧口 優氏(新英語教育研究会)も同様の指摘をしています。

最後に、これらの学会代表者たちのコメントを読んで一つ気になったことがあります。それは教師の多忙さについてです。小・中学校の教師たちの現在の勤務状況を改善しなければ、中教審や文科省がどんな優れた計画を作成しても無駄だと言いたいのです。しかし英語教育学会の代表者の中には、この問題に触れた人は皆無でした。文科省が4月末に発表した教員勤務実態調査では、10年前より勤務時間が長くなり、過労死ラインとされる1ヶ月の時間外労働が80時間を超える教員が、小学校で約3割、中学校で約6割もいるのです。またOECD(経済協力開発機構)の調査では、日本の教員が授業に費やす時間の割合は小学校で全勤務時間の37%、中学校では32%にしかなりません。英米では50%を超えています。日本の英語教育学会や研究会もこの問題を真剣に取り上げて議論していただきたい。これを教員自身の問題として捉えなければ、けっして解決は望めません。