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発音の学習(3)

Author: 土屋澄男

今回は発音のトレイニングのお話をします。「トレイニング」というと苦しい努力を要求されるものという暗いイメージを浮かべる人もあるかもしれません。しかしスポーツ選手がトレイニングをしなかったら、たちまち選手からはずされてしまうでしょう。ピアニストやバイオリニストもトレイニングは欠かせませんし、オペラ歌手もそうです。話しことばのアーティキュレーション(音声表現)の場合も、発音に関係する身体的器官を自分のイメージした通りにコントロールことが必要ですから、やはりトレイニングが欠かせません。ただ、トレイニングを「反復練習」だと考えている人がいるとしたら、その考えは改めなければなりません。機械的な反復練習だけでは決して進歩しません。リハーサルは必要ですが、それを繰り返すごとに新しい「気づき」が得られなくては進歩を期待することはできません。なぜなら、トレイニングは単に発音器官のスムーズな動きを促すだけが目的ではなく、脳の中に造られる言語の音韻体系をより精密化するプロセスでもあるからです。それは決して苦しいばかりのものではありません。それはまた自分の進歩が実感されるすばらしい感動を与えてくれる体験でもあるのです。

 トレイニングの方法を少し具体的に述べましょう。先に文章の音読のことを書きましたが、テキストの音読が自分のイメージしたレベルに達したならば、次のトレイニング段階に進みます。それはテキストを見ずにその内容を語れるようにすることが目標です。それは必ずしも暗唱できるようになることではありません。私たちの中には機械的な記憶力のすぐれた人がいて、数回音読しただけで1~2ページのテキストを一語も間違えずに言えるようになる人がいます。また特殊な記憶術の訓練をすれば、かなりの人が暗唱技能を高めることができるようです。しかしここで私が言うのは、そういう暗唱とは違います。誰かが書いた文章をそのまま暗唱する技能は先生や友人の尊敬を得るのには良い手段ですが、必ずしも実用的な技能とは言えません。他人の文章は印刷されたものを手に取って読めばよいのですから。それよりも大切なのは、誰かの文章を読んだら、その内容を自分のことばで他者に伝えることです。これは日常的に要求される実用的な技能であり、誰もが母語によるコミュニケーション活動の中で頻繁に用いている技能です。そもそも私たちの脳は、読んだテキストの内容を一字一句記憶することは不得手としていますが、その内容は長期記憶にとどめることができるようになっています。こちらの方はトレイニングを積めば、誰でもできるようになります。先に朗読のテキストは会話文よりも物語文がよいと書きましたが、それは物語のほうがその内容を記憶に留めやすいからです。その具体的方法としては、ただ音読を繰り返すよりも「シャドウイング」(モデルとなる音声のあとを、テキストを見ずに、間を空けないように発声してついていく練習法)や「リピーティング」(モデルとなる音声をひと区切り聴いて、テキストを見ずに、少し間をおいてからその音声をリピートする方法)が有効とされています。ご自分でためしてみてください。こうすることによって、モデルの音声と自分の音声を意識的・無意識的に比較して評価することができます。ここまでのトレイニングは自分一人でできます。

 以上のことができるようになったら、発音のトレイニングは最終段階に入ります。それは他の人(または聴衆)にその物語を語ってみるトレイニングです。この場合は自分の語る話を聴き手に理解してもらうのが目的です。話す場合に手に何も持たずにすることもできますが、テキストが物語文の場合には、場面を表す絵を手に持って(あるいはボードや壁に貼って)それらを示しながらすると話しやすくなり、聴き手の理解を助けます。テキストが何かの説明文の場合には、内容の理解を助ける図表などを利用するとよいでしょう。またテキストの中のキーワードを書いたカードを手に持って、それを時々見ながら話すこともできます。これらはいずれも、いわゆる英語による「プレゼンテーション」(presentation)の常套手段で、研究者の学会での発表や、ビジネスマンの自社製品販売宣伝など、日本人がもっとも頻繁に英語の使用を要求される場面の一つです。このコミュニケーション技能はぜひ学校で経験して習得してほしい技能です。英語を学んでいる生徒さんや学生さんは授業でそういう機会をしばしば持つことができるとよいですね。そうでなければ、自分でそういう機会をつくる必要があります。友人やクラブ活動や近所に住む外国人を利用するとか、そういうプログラムを組み込んだ英語のインテンシブ・コースに参加するとか、いろいろ情報を集めて積極的に実行するようにしてください。私を含めこの分野の研究者たちは、発音の ‘intelligibility’ の高さは、そのような英語を話す経験の豊富さと深さに関係があると考えています。(「発音学習」の項目をこれで終ります)