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今回は聴覚による音声理解(aural comprehension)の話に移ります。英語リスニングの学習はこれがメインになります。前回に述べた音声知覚(aural perception)はそこに至る最初のプロセスに過ぎません。そうだからと言って、音声知覚が完全にできるようにならなければ音声理解に至らないというわけではありません。赤ちゃんの場合には音韻体系の基本を獲得した後に音声理解へと進むと考えられますが、成人の外国語学習では両者は同時に進行するのが普通です。母語の音韻体系を獲得した人が新しい言語の音韻体系を完全に習得するのは非常に困難である上に、完全に近いところまで達するのに相当の時間と経験を必要とするので、その完了を待つわけにはいきません。しかし成人の場合はすでに母語によるコミュニケーション技能を習得しているので、音声知覚がいくらか不完全でも、さまざまなコミュニケーション知識を利用することによって、音声理解はある程度可能です。たとえば、あなたが東京の街路を歩いていて、 “Have you got the time?” といきなり英語で声をかけられたとします。最初はちょっとまごつくかもしれません。不意だったので、その音声が完全には聞き取れなかったかもしれません。しかし状況を分析できるだけの冷静さを保っていれば、聞こえた音声と場面から得られるいくつかのコミュニケーション知識を利用することによって、理解が可能なのではないでしょうか。手がかりはいくつかあります。その発話の音調、話者の表情やジェスチャー、あるいは発話の最後のtimeという語(この語は強くはっきりと発音されたはず)、など。つまり、ある特定の場面で発せられたことばの意味は、発せられたすべての音を正確に知覚できなくても、言語的・非言語的ないろいろな手がかりからその意味を推測することは可能です。

 逆に、発せられたすべての音を正確に知覚できても、言われたことばの意味が分からないことがあります。私たちは母語での日常生活でしばしばこのような経験をします。「きみ、あのことはどうなっていますか?」と同僚から言われて、すべての音声が正確に知覚されたにもかかわらず、「あのこと」って何のことだったかな、と一瞬まごつくというような経験は誰にもあるでしょう。つまり、ことばの音韻的・言語的理解は完全でも、話者の意図が読み取れないということです。私たちが通常ことばを聴いてその意味を理解するということは、語句の意味だけではなく、話者の意図を理解するというレベルのことを意味します。そしてその場合、発話者に問い返す必要が生じます。先の例では、「あのことって?」と問い返すことになります。そういうわけで、英語リスニングの技能は、たんに耳から言語的な情報をたくさんインプットすれば上達するというものではなく、話者の意図を理解するために相手に聞き返したり、非言語的な知識を利用したりすることが非常に大切です。

 では、どのようにすれば英語リスニングの学習をもっとも効果的に進めることができるでしょうか。ただひたすら聴くだけでよいでしょうか。たくさん聴くことはもちろん大切です。しかし、まったく理解できないものをいくら聴いても分かるようにはなりません。だいいち分からないものを聴くのは楽しくありません。以前にも引用したことがありますが、クラッシェンのインプット仮説(input hypothesis)は、「言語習得が起こるためには、学習者は現在の言語能力を少し超える程度の項目を含む言語インプットを理解することが必要である」と言います。これは言語習得仮説としてはいろいろ議論のあるところですが、リスニング技能の獲得のためには非常に役に立ちます。私たちは上記の仮説を、「成人における外国語(英語)のリスニング技能を向上させるためには、学習者は現在の言語能力を少し超える程度の項目を含む言語インプットを理解することが必要である」と読みかえます。そうすると、もっとも効果のある英語リスニングのトレイニングは、新しい言語項目(単語やフレーズや文法項目)を少し含む音声テキストを、さまざまな非言語的な手がかりからそれらの意味を推測できるような場面で聴くということになります。学校の授業でなされる先生の英語による新教材の説明(oral introduction)がそれにあたります。そういう授業を継続して受けた生徒のほうが、そうでない生徒よりも、リスニングの力が勝っていたという実験結果が報告されています。一般の方々はその目的で制作されたテレビの語学番組や各種DVD教材を利用するとよいでしょう。またある程度の基礎をかためた方には、解説付きのCD教材が役立つでしょう。(手前みそになりますが、テレビ番組やDVD教材については、このブログ執筆者の一人田崎清忠氏がその分野での著名なエキスパートです。また他の執筆者の一人松山薫氏の創設になる「茅ヶ崎方式英語会」は、ニュース英語を聴けるようになるためのすぐれたリスニング教材を出版しています。)