Print This Post Print This Post

日本人の英語学習者には、スピーキングはだめだがリーディングならばなんとかなると考えている人が多いようです。そのことは大学英語教育学会が大学・短大の学生約1万人を対象に行なった調査(1985)でも示されました。なんと67.7%の学生が、自分の英語力の中でリーディングが一番すぐれていると答えたのです。と言っても、英語リーディングに本当に自信がある人は少ないのかもしれません。リスニングやスピーキングやライティングに比べれば、リーディングは高校時代に少しはやったし、受験勉強のために英文読解法(実際には「正解選択肢発見法」のようなもの)の特別講座を受講したし、普通の英文なら辞書を引けばなんとか意味は取れる、ということではないかと推測します。そして大学で彼らの英語力が伸びるかというと、きちんとしたデータがないので断言はできませんが、英文科などの英語を専門とする学生を除いては、どうもそうではないようです。もちろん、大いに伸びる人も一部にはいるでしょうが、たいていは大学入学時の英語力を維持するのが精いっぱいで、なかには学力を低下させて卒業していく者もいると言われます。そういうわけで、大学生全員に英語を必修にするのは無駄だから選択にしたらどうかというカリキュラム改訂案が、あちこちの大学教授会の議題に上るというしだいです。他方では、英語はとっくに世界のリンガ・フランカになっているという時代に、これは一体何事かと経済界から声が上がり、皆さんご存じのように、文科省もその声に押されて小学校5・6年生に週1時間だけ英語を教えるという奇妙な妥協案を考え出し、はなはだ説得力を欠いた学習指導要領を作成するに至ったという次第です。

 そこで筆者は、今回から数回にわたって、日本人学習者が英語リーディングの本当の力をつけるにはどうしたらよいかを、学習者の立場に立って考えてみようと思います。日本では、大学受験のための英文解釈法などの学習書や、英語リーディング指導に関する研究論文や教師のための指導書、ハンドブック等は多数出ていますが、学習者のために書かれたリーディング学習法のようなものは比較的に少ないようです。まず始めに、リーディングの学習目標について考えてみましょう。つまり、どの程度の習熟度に達したら英文が読めると胸を張って言えるのか、ということです。辞書を引きながら、それも各行に未知語が出てくるような難しい英文を、まるで暗号を解読するかのようなやり方で読み進むというのは、非常に特殊な形態のリーディングです。それは学習の途上には必要なプロセスかもしれませんが、通常のリーディングとは言えません。私たちがここで言う「リーディング」というのは、知的ではあるけれども、もっと日常的な活動です。

 さて日本では、古くから、読みに3種類の読み方—精読、速読、味読—があると言われています。文章を読む目的は時と場合によってさまざまですが、私たちが母語である日本語の文章を読むときには、目的に応じてこれら3種類の読み方を使い分けています。文章の内容を精確にしかも深く理解したいときは「精読」(「熟読」ともいう)になります。また、時間が限られていて文章の大意だけをつかみたいとき、あるいは求めている情報を見つけ出したいときなどには「速読」になります。英語の ‘skimming’ と ‘scanning’ がこれに当たるでしょう。3番目の「味読」は、文章の内容やその表現の仕方を楽しくじっくりと味わう読み方です。英語は私たちにとって外国語ですが、英文を読むときにも、日本語を読むときのこれら3種類の読み方を使い分けられるようになることが必要です。そしてこれを、私は英語リーディングの一般目標としたいのです。もちろん、英語は私たちの生活語ではないので、日本語と同じように読めるようにするのは難しいでしょう。辞書を引くことから解放されることはないかもしれません。しかし今日のグローバルな世界に生きる私たちは、少なくとも自分の個人的または職業上関心のある領域では、現代英語で書かれた文章の、目的に応じた読み方ができるようにしたいものです。そしてその目標は、高校までに学習したものを基礎とし、その後の適切な自己トレイニングによって到達可能であると私は考えています。

 なお、最後の「味読」というのは英文を楽しく味わいながら読むことですから、かなり高度なレベルのリーディングになります。それを日本人の外国語学習の一般目標に含めるのは難しいと言われるかもしれません。しかしその困難さをもたらす主な原因は語彙にありますので、2000語とか3000語の制限語彙でリライトされた物語や小説などによって、英文の味読を体験することは可能です。(To be continued.)