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< 英語との付き合い > ⑨            松山 薫

高等師範学校 (2)

前回、英米の古典的作家の作品の講読に馴染めなかったと書いたが、いくつか心に残っているものはある。そのひとつは、Alfred Tennyson のイノック・アーデンである。人間の運命の不思議を感じさせる内容を流麗な文章で描いた作品だ。Thomas de Quinceyの「ある阿片吸引者の告白」の冒頭の部分「どんないやなことでも、これが最後だと思うと懐かしい感じになる」という言葉や自らのaddictとしての生活を描いた内容に感銘を受けた。これらは、いずれも、人間の運命や生き方に関する内容で、敗戦の精神的ショックからなんとか立ち直りつつあったその頃の自分の関心が、そういうところに向っていたゆえに心を惹かれたのだろう。しかし、生涯にわったって影響を受けたのは、これら正統派文学ではなく、アメリカン・プラグマティズムの先駆者とも言えるBenjamin Franklin のautobiographyであった。アメリカのfounding fathersの1人であるBen Franklinは、毀誉褒貶のある人物で、自叙伝にも事実かどうかわからないところもあるということだが、私が最も強く惹きつけられたのはThirteen Virtues の部分である。1. temperance 2. silence 3. order 4. resolution 5, frugality 6. industry 7. sincerity 8. justice 9. moderation 10. cleanliness 11. tranquility, 12. chastity 13. humility 以上 13の徳目を手帳に書きつけ、毎日過ちを犯したかどうかを黒点をつけて記していくのである。その手帳の1ページ分が英語のtextに載っていた。フランクリンが目指したようなことは、私自身にはとても出来そうもないことはわかっていたが、かりにも教師になるからには努力はすべきであると考えたし、何よりも学ばねばならないのは、その強烈な意志と計画性であると思った。実は神ならぬ身のフランクリンも、この計画は実行できず、投げ出したのであるが、私は最初から完全に実行できるとは思っていなかったので、機会があれば、その一部でも実行してみたいと思っていた。その後何回か、フランクリンの方法論に助けられることになる。そのことは後述するが、とにかくフランクリンの志を忘れないように、長く自室の隅にベンジャミンの鉢植えを置いておいた。ベンジャミンはゴムの木の一種なので、葉から細い樹脂が床に垂れ落ちるから家人には嫌がられたが、私は飽かずにそれを眺め続けた。ところで、英語の勉強はぜんぜんしなかったのかといえば、学校以外のところで、アルバイトの合間に読んでいたものがある。ある時、アメリカ軍のキャンプでアルバイトをしていた友人から”the Stars and Stripes “をもらい、読むともなく読んでいるうちに、国際連合の記事に出あった。特に国際連合の創設を目指したダンバートン・オークス会議でのアメリカ代表の理想主義的な演説にはすっかり感動し、更に、第1次世界大戦後における国際連盟の設立に果たしたアメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンのひたむきな努力には心が震える思いを味わった。本を買うカネはないので、ACC(アメリカ文化センター)で借りたが、そこの女性司書が、ハリウッド女優並みの美貌の持ち主で、弊衣破帽に朴歯の下駄という姿の薄汚い貧乏学生を差別せず、しつこい質問にも丁寧に答えてくれたので、アメリカの古きよき時代の理想主義的な傾向を知ったこととあいまって、鬼畜米英というイメージはだんだん薄れていった。(M)