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前回の英訳問題「自分の考えを英語で書くためには、まず基本的な語彙と文法の知識が必要です」はいかがでしたか。答えは回答者の数だけあるかもしれませんので、模範解答を示すことはできません。考えられる学生の回答の中から最良のものを4つほど挙げてみましょう。

① In order to write one’s ideas in English, the knowledge of fundamental vocabulary and grammar is necessary first of all.

② In order to write your ideas in English, the first thing you need is the fundamental knowledge of vocabulary and grammar.

③ When we write our ideas in English, we need, first of all, the fundamental knowledge of vocabulary and grammar.

④ What is needed for us to write our ideas in English is, in the first place, the fundamental knowledge of vocabulary and grammar.

上記の英文はどれも、口語英語としては、理解可能(intelligible)だろうと思います。しかしこのように並べてみると、それぞれ少しずつ違うので、その違いについて何か言いたくなります。以下に述べることは筆者のかなり個人趣味的(idiosyncratic)な考察ですので、それを承知のうえお読みください。

 ①は問題文の直訳調です。理解可能ではありますが、なにか英文としてしっくりしない感じがします。それはおそらく ‘to write’ という不定詞の主語がこの文の中に表わされていないことによります。 ‘one’s ideas’ という目的語から、 ‘to write’ の意味上の主語は ‘one’ (一般的な「人」)であろうと推定されますが、この文の中にそれがはっきりと表わされてはいません。この文の主語は形式的には ‘knowledge’ ですから、前半の不定詞句の意味上の主語と、後半の形式的な主語とが違っています。そのために、なんとなく落ち着かない感じになるわけです。②以下の3つの文はその点が解消されていますので、①よりもずっと落ち着きがよくなっています。②と③は表現の仕方は違いますが、それぞれ ‘you’ と‘we’ を使ってこの文の主体を表しています。④はやや硬い感じがするかもしれません。このような文の構造は、口語体よりも、フォーマルな文語体によく使われるからです。しかし問題文の日本語の意味は充分に伝えています。このような構文が英作文に使えるようになったらすばらしいと思います。

 他にも気づく違いがいくつかあります。たとえば、「基本的な語彙と文法の知識」という日本語で、「基本的な」は「語彙と文法」だけにかかるのか、それとも「語彙と文法の知識」全体にかかるという問題があります。①は「基本的な語彙と文法」と解釈して英訳しています。②以下は「基本的な」が「語彙と文法の知識」を修飾すると解釈しています。英語の ‘the fundamental knowledge of vocabulary and grammar’ というフレーズは、 ‘fundamental’ が ‘knowledge’ だけを修飾しているというよりも ‘knowledge of vocabulary and grammar’ 全体を修飾していると考えるのが普通です。①の訳が間違いとは断定できませんが、②以下の訳のほうが自然であるように感じます。「自然であるように感じる」というのは非常に主観的ですが、これはおそらく筆者の読書経験から得られたカンです。あるいは、筆者の頭の中に「語彙と文法に関する一定の基本的知識」というものがイメージされているためかもしれません。もう一つ、日本語の「まず」をどのように英語で表現するかはけっこう難しく、上の例でも3通りの表現法があり、同じフレーズを用いても(first of all)、文中の位置が違っていて、どうしてそうなるのかを説明するのは必ずしも容易ではありません。書き手のカンで決めているところがあります。

 というわけで、英訳問題が英語の文法知識だけではなく、日本語の文構造の知識をも考察の対象にせざるを得ないということが分かります。そしてそれらの知識は、リーディングの際に必要とするような構造分析のための文法とは違って、文章を造り出すことに役立つ文法でなければなりません。文法書に書かれているような明示的(explicit)な文法知識は、文構造の分析や理解には役立っても、文を造るというプロダクティブな活動に役立つとはかぎりません。ライティングでは、しばしば、明示的な知識よりも書き手の主観的なカンにたよる暗示的(implicit)な知識が役立ちます。この最後の点は非常に重要です。母語話者はそういう知識を無意識的に使っていますが、英語を外国語として学ぶ学習者も、ライティングではそういう非明示的で暗示的な知識を使用する必要があるからです。ライティングの本当の難しさはそこにあるように思われます。(To be continued.)