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(1)TBS では、2月8日からの週を「ココロ元気 WEEK」と称して、ラジオを含めて、いくつかの番組では冒頭に視聴者からの「いい話」などを紹介していました。最近は暗いニュースが多いので、明るい話題を伝えたいという気持ちは分かりますし、実際に明るい、心温まる話を聞くと気分も良くなります。

(2)ただし、私が気に食わないのは、「ココロ元気 WEEK」という表わし方です。どうして、カタカナ、漢字、英語と3つも混ぜて表記するのでしょうか。おかしな英語混じりの表記は、若い人たちの歌でうんざりしていますが、番組名まで表記方法がでたらめなのは全く理解できません。

(3)フジテレビでは「スクール」という題のドラマを放送していますが、確かに「学校」ではドラマの題になりにくいかも知れません。でも昔は、「3年B組 金八先生」といった分かりやすい題名のドラマが評判になりました。最近は仲間由紀恵が演じる舞台の「テンペスト」は、シェークスピアとは関係のない琉球ロマンだ、などと言われたりすると、頭が混乱してしまいます。

(4)日本語は、カタカナ、ひらがな、漢字と表記方法が豊かで、それに外国語を直接表記するローマ字があることが、日本文化を豊かにしてきた、という説にも一理あるとは思います。でも、「文化」として位置づけるためには、一定の規則を守らないとまずいでしょう。日本語はこのままでは亡びる運命にあるのではないかと心配になります。そういうことを心配する人はちゃんといてくれて、水村美苗『日本語が亡びる時—英語の世紀の中で—』(筑摩書房、2008)という本が2年前に出ています。

(5)この本は一部のマスコミでも取り上げて話題にしていましたから、読まれた方も多いと思いますが、「英語の世紀の中で」という副題は、英語教師を複雑な心境にさせます。B5版で300ページ以上の書物の内容を簡潔に要約することは無理ですから、読んで頂くよりありませんが、特に最後の第7章は、「英語教育と日本語教育」となっていますから、英語教師は必読すべきものです。

(6)学習指導要領では小学校の国語で、「…国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる」と述べています。どこか法的な根拠のあるものに書いておけば大丈夫といった浅はかな思いこみは嘆かわしい限りです。水村美苗氏は言う、「世界のほとんどの民族は、歴史のなかで、他民族から自分の言葉を護らねばという情熱をもつ契機を与えられた」と(p. 312)。呑気に構えていたら、私たちはいつまでも、日本人であり、日本語を話し続けられるという保障はないのです。最近の話題では、日本の国技だ、文化の象徴だと思い込んでいた“大相撲”が自業自得の八百長騒ぎで、壊滅的な打撃を受けています。

(7)異言語を学ぶことは、母語を知る優れた方法であるはずですが、英語教育がそういうことに失敗しているとしたら、「英語を教える意味など全くない」という自覚と反省から再出発しなければならないでしょう。(この回終り)