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< フェイスブックの衝撃 > 松山 薫

13日の朝刊を見ながら、“明日は休刊日か”、と値引きもせずに勝手に発行を休む大新聞の身勝手にあきれながら、番組欄に目を通すと、フジTVの夜のニュース番組Mrサンデーのところに「緊急取材・会員6億世界を変えたIT企業」とあるのが目に留まった。facebookのことではないかと思って視聴したところやはりそうであった。私が知るところでは、日本の全国ネットTVがfacebookを本格的に採り上げたのは、これが初めてではないかと思う。実は私自身今年の初めまでfacebookを知らなかった。しかし、このインターネットメディアの内容を知った時、正直足が震えた。私が心のどこかで待っていたメディアがついに現れた。これは世界を変えるかもしれないと直感したのである。2月のはじめ、茅ヶ崎方式英語会の中心メンバーが集まったところで「facebook知ってるか」と尋ねたところ誰も知らなかったから、日本での認知度はきわめて低いと言っていいだろう。しかし、私の考えではこれはどえらいメディアなのだ。

Mr.サンデーの言う「世界を変えた」とは、エジプトの民衆革命のことである。このことは既に欧米のメディアでは報じられており、後追い取材で、フジTVがカリフォルニアのfacebook本社を取材したのである。番組の内容は大したことはなかったが、これを見ながら、民放key局が採り上げざるを得なくなったことで、今年は日本における「facebook元年」になるのではないか」と感じた。今、日本のマスメディアは、出版と新聞が電子書籍の本格的展開を前に右往左往しているし、TVは7月の地上波デジタル化に活路を見出そうとしているようだが、小澤、菅などのインタビューを中継したインターネットTV、尖閣での巡視船と中国船の衝突を流したユーチューブそしてfacebookなどの新しいメディアに脅威を感じているはずだ。いづれにしても、寡占状態に胡坐をかいてきた既存のマスメディアは、その存在価値を問われているのだが、それを正直に報道すれば、自分の首を絞めかねないから、右顧左眄視ながら様子見をしているのが現状であろう。

新旧メディアの決定的な違いは、情報の伝達にカネがかるか、かからないかであり、旧メディアが巨大資本を必要としたのに対し、インターネットを活用した新しいメディアは、利用にほとんどカネがかからない。つまり、カネのない民衆が大量伝達の手段を持ったところに歴史的な意義がある。それを如実に示したのが、チュニジア、エジプト革命におけるfacebookの役割である。グーグルの幹部の1人が、facebookで独裁政権に対する民衆の蜂起を呼びかけたのが革命のきっかけである。この幹部は、彼の呼びかけによって起きたデモの中で、多くの若者が死んだことを号泣しながら詫びた。これが、デモをさらに拡大させ、ついにムバラク政権を退陣に追い込んだのが今回の経過だ。

実名と顔写真を出した個人の真摯な叫びが、多くの人達の心を打ったのだ。facebookが、
ミクシイなど他のSNSと異なる点は、徹底した実名主義である。それが信頼感を生むのである。ハーバード大学の学生がfacebookを始めてから2年しか経っていないが、会員数は6億人をこえ、アクセス数でグーグルを抜いて世界一になった。欧米では11人に1人がfacebookのaccountに登録しているという。ロンドンの知人からは、最近エリザベス女王がfacebookに登録し、話題になっていると知らせてきた。これは軽くない話題である。その意味するところを我々は十分に考えてみる必要がある。日本人は、横並び主義で、表立つことを嫌うから、実名主義はなかなか受け入れられないだろうという人もいる。しかし、私は、匿名という隠れ蓑の中で他者を誹謗中傷するような卑怯な文化がこの国の伝統であるとは信じたくない。実名主義が広がることを心から願っている。(M)