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「震災報道」に関連して
(1)未曽有の大震災から1週間が経って、テレビにも普通の番組が戻ってきましたが、民間放送にはAC 公共放送が挿入されています。この AC は、確か “Advertising Council, Japan” という機構が運営しているはずですが、商品のコマーシャルよりも、内容はなるほどと思わせるものがあります。しかし、あまり頻繁に見せられると、有難味が減って、商品のコマーシャルが新鮮に見えたりします。テレビの視聴者とは勝手で我儘なものだと自省を含めて思います。

(2)3月18日(金)の読売新聞は、「編集手帳」でいいことを書いていました。すなわち、経済学者のシューマッハーは、指導者には2通りがあって、1つは、クリスマスツリーのてっぺんの星のようなタイプ、もう1つは、幾つもの宙に浮いた風船を手で握っているようなタイプで、大災害のような場合は、後者が適していると。ただし、複数の風船は、それぞれ有能な副官に任せていいが、全体は把握しているべきだというわけです。しかし、現実はこの逆で、そのことを松山薫さんがブログで「大局観の欠如」だと鋭く指摘しています。

(3)さらに「編集手帳」は続けて、管首相は官房長官を分身にして上意下達
型の星たらんとしたようだが、「原発対応に忙殺されて、綻(ほころび)はいかんともしがたい」と述べています。そして、首相も官房長官も疲労は極限に近づいていて、集中力はも落ちているだろうから、人材が不足しているならば、野党からも応援してもらったらどうか、と提案しています。この3日後に、首相は自民党総裁の谷垣氏に入閣を電話で依頼して断られました。その理由は、報道されていますように、「基本的な政策も話し合わないで、入閣はできない」というものです。

(4)私は、自民党のこの言い分は理解できます。時期は多少遅れるとしても、首都圏以西の大部分では統一地方選挙があるわけですから、その前に連立内閣など作れば、選挙民は当惑するばかりです。しかも、首相は、“陰の総理”とまで言われた仙谷官房副長官を復興計画の担当者に引っ張り出しているのですから、“震災を利用して政権の延命を図っている”と言われても仕方ないでしょう。
こういう人事を“行き当たりばったり”と言うのです。

(5)「“カンポの宿”などたくさん建てて、二束三文で売る羽目になったのだから、そのお金で各地に災害時の避難所などを作っておくべきだった」というコメントをあるタレントとが言っていました。その通りです。過去のことを言い出したらきりがありませんが、例えば、「プルサーマル(これは和製英語らしいです)計画」というものをテレビで宣伝していました。「発電で使用済みの材料はこのように地下深く埋めれば安全です」というわけですが、どこの地域が引き受けるのかも未定でした。だいたい原子力発電所を建てる場合も、多額の補償金などで反対住民を抑え込んできたのが自民党政治ですから、管政権は攻撃点を多数有しているのです。今さらあわてて連立を申し込むことなど私にはまったく理解できません。

(6)前回の私のブログでは、「携帯用ラジオを被災地へ」と書きましたが、お笑いの“ロンブーの淳(あつし)”たちが呼びかけて、電池やラジオがたくさん集まったようです。TBS は会社を挙げて、ラジオの集荷、配分に努力しています。政府の目の届かないところは、このように民間人が協力し合うという嬉しい一面です。政府はそれに甘んじることなく、AC の宣伝のように、“思う”だけでなく、“目に見える思いやり”を実行すべきだと思います。(この回終り)