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<私見 日本の生きる道 ③−1> 松山薫

 「農耕を基盤とした再生」という武村提案に心の共鳴板を叩かれたのは、日本が生きていく上で、私が根源的に重要だと考えている3つの視点 1.人間の復権 2.豊かな国土の保全  3. 独立と安全保障の確保、一言で言えば、安全、安心社会の構築という点でベクトルが一致していると感じたからだ。そこで、この3つの視点と安全・安心社会という観点から、私なりに想像力を働かせて、武村提案を敷衍してみたい。*ベクトル 目標を達成するための方向性

③−1 人間の復権  人生を一本のネジ釘として終らせないた    めに

 私は20代の終わりに教師を辞めて失業した時に、生きるすべを失うことが人間性をゆがめることを痛感した。失業が長引けば、だんだん気持ちがすさんで、破れかぶれになっていく。現在の若い世代が、まともな働き口も無く、年収200万円にも届かず、それさえ何時くびになるかわからず、結婚も出来ずに、希望はもはや戦争しかない(赤木智弘)というところまで追い詰められていくのがなんとなく理解できる。家族を持ってから失業したらもっと悲惨なことになる。まして中高年なら有効求人倍率は絶望的に低い。高齢者には、会社に再雇用してもらう以外にほとんど働き口はない。こうして、国民の20%がいわばworking poorの状態にある。いわゆる完全失業者(失業の定義が狭すぎる)だけでも350万人にのぼる。生活保護に頼る人はついに2百万人を超えた。10年以上にわたって、3万人を超える自殺者の多くが直接間接に経済問題をひきずっている。どんなに多くの働く人達が、なんとかこんな悲惨なことにならないよう、今の仕事にしがみつき、目先の出世競争に精力を使い果たし、定年後も元の会社で遠慮しながら働き、家族のために息を詰めて暮らしているのだろう。働く意思と体力があれば、働く場所があり、最低食っていける保証があるなら、もっと心豊かな人生が送れるであろうに。私の体験に基づく想像力が、武村提案は50年という長いスパンの中でその実現を目指し、人間の復権を志すものだと感じたのである。

 武村自身が認めるように、この提案には②で挙げたような解決の難しい問題が含まれているのは事実だが、50年をいくつかの段階に区切り、人知を集めて、実現を目指せば、乗り越えられない問題ではないと私は思う。例えば仮に第一期を震災復興にかかる10年間とする。震災復興の一環として東北にモデル農村を作る計画がある。東北地方はもともとお互いに助け合う共同営農が盛んなとろろである。ここに大規模な農業研修機関を作り、それを核として農耕人口を増やす。全国の耕作放棄地(35万町歩)、休耕田(20万町歩)のうち、最も条件のよいところから優先的に入植してもらい、そこでの生活ぶりを徹底的にPRして入植希望者を増やしていく。入植者が増えるにつれて第二期には、産業転換が必要になる。脱原発の新エネルギー産業を中核に、農耕社会を支える新しい産業を興し、全国的に分散配置していく。そうすれば、一家4人のうちの誰かが、事業主あるいは雇用労働者として現金収入を得られるようになる。民放TVの「人生の楽園」という番組で、定年後などに田舎暮らしを選んだ人達の生活を紹介しており、そこで生まれる家族、近隣の絆が、人生を豊かにする様子を描いている。勿論これは一握りの成功例だろう。しかし、50年という歳月をかけ、国を挙げてパラダイムの転換に取り組めば、これが普通の暮らしになる可能性は十分にある。

 心豊かに生きるために食糧とともに基盤となるのは住居である。rabbit hutchとよばれる日本の住環境の貧しさは、アメリカのsubprime loan問題で売りに出された低所得者向け住宅と比べれば、哀れなほどに明らかである。狭隘なコンクリートの函である集合住宅は、人間の住まいとはいえないものが多いが、それでも生涯かけてローンを払わなければならない。それが、日本には1500万戸もある。団地の高齢化対策理事をしていた時に、都会の限界集落と言われる新宿の戸山団地を訪ねたことがある。ここは、我々の年代の男なら誰でも知っている陸軍戸山学校の跡地に建てられた1200戸ほどの都営団地である。数百メートルもある団地の大通りには、文字どおり人っ子一人、犬の子一匹見当たらなかった。毎年10人の孤独死があるという。ようやく話を聞けた住民の1人は「コンクリートのカンオケだ」と呟いていた。築30年を超え耐震性の不十分な集合住宅が100万戸を超える。太平洋岸の住宅密集地帯で大地震が起きたらまごうかたなき「コンクリートの集合カンオケ」が出現するだろう。次の50年にも同じことを繰り返すのはあまりにも愚かではないか。

 世帯あたり450坪の土地があれば、耕作地を除いて、4人家族用のどんな住居でも建てられる。古い民家を活用したり、間伐材を活用し、必要なところには国産材を使って、林業の再建に役立てる。出来れば、自分達で、あるいは地域の助けを借りて、親子2代あるいは3代で暮らす住まいを充実させていく。日本の風土に合った、自然の中のお気に入りの住まい、つまり恒産を持てばは恒心も育つだろう。農耕生活の中で、自ら工夫して生活を豊かにすることには、辻井喬が言う産業社会の中での一本のネジ釘として働いていては味あえない充実感があるはずだ。この充実感が、全ての面で人間の復権につながって行くのだと思う。(M)