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< 日本の病根 ② 承前 >

② 政治の貧困

 文春識者が大震災前に挙げた日本の病根のうち、国内政治に関するものは、次の14項目である。

官僚支配体制  中央集権体制  地方分権、地方主権への理解不足  政治家の堕落  
政治家の餓鬼化  国会議員の劣化  一党支配体制の残渣  野党の力不足  小選挙区制の弊害  首相公選制がないこと  政権の不安定  ポピュリズムの横行  愚かな国民  国民の政治的無関心  

 その直後の3月11日に起きた想定外の大災害への対応の中で、はからずも、これら政治の病根が一気に吹き出したようにみえる。対応が後手、後手にまわる政権と与党、それをなじるばかりでなんの建設的協力も提案もしない野党、被災者そっちのけで政治的駆け引きにうつつをぬかす政治の有様に、ほとんどの国民はただあきれ果てている。震災被災地での暴言で辞任した松本復興相の言動などを見ると金子兜太の言う”政治家の餓鬼化”も極った感がある。ちなみに、この人物は3代目の世襲政治家である。だが、このような政治家や政治を生んだ責任は国民にもあるだろう。見方によっては、これらの病根のよって来るところは、すべて国民の政治的無関心に帰着するからだ。

 小田急線でNHKに通勤していた頃、私は車中でTIMEなどアメリカの週刊誌を読むことを習慣にしていた。レーガンvs.カーター の大統領選挙の特集を読んでいると、相模大野駅から乗った中年のアメリカ人女性が ” Which do you think will win ? “と声をかけてきた。特集の表紙を見たのだろう。“ Reagan, I suppose. “ “ Why do you think so ? ”、 午後の出勤で電車が比較的空いていたので、20分くらい立ち話をした。この女性は経堂駅で下車する時、日本に来て初めて日本人と政治の話をすることができてたいへん嬉しかったと言って降りていった。多分相模原の米軍施設に勤める軍人の妻だろうと思うが、十分傾聴に値する意見を聞かせてくれた。自分達の代表を選ぶのだという気概さえ感じられて、羨ましく思った。

 アメリカ大統領選挙は4年に一度の政治的なお祭りだという人もいるが、私はそうは思わない。一年に及ぶ選挙戦を通じて、候補者も有権者も政治的に鍛えられていく。戸別訪問が許されているから、有権者はいやでも旗幟を鮮明にし、その理由を述べ、時には論争しなければならない。そのためには情報を集め、自分なりに分析をしたうえ、自分の判断が正しいかどうかを知るため、日々のTV報道などに関心を持たざるを得なくなる。そういう有権者の厳しい目 よって、大統領にふさわしくないと思われる候補者は、化けの皮は少しづつはがされていく。
大統領選挙戦には弊害も指摘されるが、有権者の政治意識を高める役割は、それを補って余りあると思う。民主主義の根幹は制度であり、手続きであるという原則を改めて確認したい。

 日本においては、半世紀にわたる自民党一党支配の中で、国のリーダーは国民のあづかりしらぬところで決められ、党内派閥の都合でたらい回しされ、近年では、それがころころ変わるという珍現象さえおきていた。2009年秋の民主党による政権交代の後も、党内の派閥の離合集散で国のリーダーが決まるという構図は変わらず、政治の混乱に拍車をかけてしまった。もはや落ちるところまで落ちた以上、国のリーダーを選ぶ制度、手続きの改革の方法を真剣に考えなければならないだろう。

 その場合の有力な選択肢に、大統領制に近い首相公選制がある。首相公選制の導入には憲法の改正が必要である他、いろいろ問題点もある。例えば、小泉元首相の私的な懇談会の報告書は、次のような利点と問題点があるとしている。先ず利点としては 統治機構の中に広く国民全体の利益を代表する部門が一定の独立性をもって存在するようになる。2.首相の政治的基盤と民主的正当性が確保される。3.在任期間の安定と業績や責任が明確になる 4.官僚制に対する上からの統制が強化される。一方問題点としては、1.首相が属する政党少数派である場合の国会とのいわばねじれ現象による政治の停滞 2.首相を選出し内閣を支えることで求心力を保っている政党が弱体化して、議員が一層地域利益密着型になる可能性がある。などを挙げている。

 首相公選論は敗戦直後から出ては消えまた出ることを繰り返してきたが、首相公選制に対する批判で目立つのは、ポピュリズムの問題である。前記の報告でも、国民が候補者の政策や首相としての能力を十分に理解し評価した上で投票するに足る客観的な情報が適切に提供され、国民がそれを活用して冷静な投票が出来るかどうかの懸念が残るとしている。ポピュリスト的政治家としては、アメリカではレーガン大統領、日本では小泉首相がよく引き合いに出されるが、彼等の政治手法に有権者が論理よりも感情によって動かされたことは否めない。

 不死鳥のように甦る「首相公選」論は、政治のありように対する不信感の表れであり、実現の方法を真剣に考える必要がると思う。これによって有権者の政治に対する無関心が解消されるならば、他の13の病根の半分くらいはおのずから消えることになるだろう。
* ポピュリズム(populism )本来は人民(people)のための政治という意味だが、大衆迎合、衆愚政治という意味に用いられることが多い。(M)