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< 日本の病根 ④ >

④ 社会 失われた絆

 「これが私たちの望んだ日本なのか」の中で文春識者達が挙げた社会の病根は28項目に上るが、主なものを更に分類すると、次の4っに区分け出来ると思う。
 
1.ハングリー精神の欠如 チャレンジ精神の欠如 進取の気
  性のなさ  根性の不足  独立自尊の欠如 個性の欠如 
  他力本願 目先の利益優先 先送り主義 夢の欠如
2. 正義感の欠如 責任感の欠如 公共心の欠如 
  モラルの低下 環境への無関心
3. 自己犠牲の精神の欠如 利己主義 自由万能の考え方
  欲望の肥大化 足るを知ることの欠如
4 寛容の精神の欠如 和の精神の欠如 助け合い精神の
  不足 他者への無関心 連帯感の欠如 

 このように分類してみると、次のような社会が浮かび上る。

1.  の分類項から浮かび上がるのは、夢も希望もない没個
    性の無気力さ。
2. そういう無気力さが生む社会正義の欠如。
3. 社会正義の欠如から生まれる自分だけよければという
    利己主義。
4. 利己主義から生ずる他人への思いやりのなさ、その結果
    である連帯感の欠如。
 
 こう並べてくると現代日本人の社会は、もはやこれらの病根が骨がらみになって、病膏肓に入っており、手の施しようがないように見える。何とかしようと思えば、根本の病巣を突き止め、それに対する特効薬を見つけなければならない。
 
 私見によれば、根本の病巣は、人と人を結ぶ絆の喪失であり、特効薬は、他者への思いやりとそれに基づく連帯感の復活ではないか。この両三年、団地の高齢化対策にたずさわっていて、同じ様な病根は高齢化が進む我が団地にも広く、深くはびこっているように感ずる。しかし、私達は絶望しているわけではない。私達と書いたのは、高齢化対策アドバイザーが4人いるからだ。限界集落に近づく自分達のついの住み家を何とかしようという思いが連帯感を生みつつあるし、他にも同じ思いの人達がいることも段々わかってきた。
 
 震災前に数々の社会的病根を挙げた文春識者達も、震災後少し考えを変えたかもしれない。ある調査によると今度の大災害の被災者に義捐金を送った人は成人の85%に上るという。被災地でボランティアをしたいと考えている人も50%を超える。また、W杯女子サッカーでの日本選手の活躍への開催国ドイツを初め多くの国々の声援は、東日本大震災からの復興に立ち向かう日本への応援と重なった。 先日マレーシアの首都クアラルンプル行なわれた日本人会主催の盆踊り大会には3万5千人が参加したという。日本が戦後60年いかなる国にも脅威を与えることなく、困っている国には出来るだけの援助をして生きてきた道が今世界の人々の共感を呼んでいるのではないか。国の内外に、人間同士の絆を強めようとする機運が強まっているように感じられる。このような動きがインターネットによって増幅され、世界市民的な連帯感を生むことを期待したい

 人は苦境に立たされた時、人の思いやりが心に沁み、それを、いつか、だれかに、返したいと思う。敗戦で生きる目標を見失い、中学を休んでピーナツ売りをしていた時のことだ。新宿の闇市でピーナツを仕入れ、古雑誌で作った三角の袋に小分けして、京王線の下高井戸駅前の焼け跡で筵の上に並べて通行人に売っていた。50袋ほどのピーナツは。たいてい2~3時間で売り切れ、いくばくかの利益がでた。それを元手に次の仕入れをするのである。ところがある日、あまりの空腹に耐えかねて、商売ものの袋を破ってピーナッツを食べてしまった。そうなるともう我慢の糸が切れ、あっという間に残りの10袋あまりを食い尽くした。利益はおろか、元手まで食い込んでしまったことは明らかだった。我ながら情けなさにしばらくへたり込んでいたが、もう一度やりなおそうと思い直し、新宿へピーナツを仕入れに行った。いつもの店でいつもの若者に仕入れのカネを渡すと、「カネが足りないぞ」と言われ、事情を話して「その分だけ入れてください」と頼んだ。浅黄の軍服に半長靴の予科練帰りらしいその若者は、いつもと同じ量を袋に入れてくれ、驚く私に、「いいからもってけよ」と言ってさわやかに笑った。彼の笑顔は、同じ様な境遇で苦しむ私に対する連帯のエールだったと思う。私にとって生涯忘れられない、決して忘れてはならない思い出である。(M)