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<日本の病根 ⑤ 教育> 松山薫

⑤ 教育の理想と現実

 「経済は誰のために」のところで触れたエリック・フリードマンの新自由主義、市場原理主義は教育にも大きな影響を及ぼした。それを象徴するのが「教育バウチャー制度」であり、先ずアメリカで導入された。「教育バウチャー制度」というのは、“公立学校の維持に必要な公教育費の総額を公立学校の生徒数で割り、一人当たりの教育費を算出する。これを教育バウチャー(クーポン券)として生徒の配布し、生徒はこれを行きたい公立や私立の学校に授業料として支払う。学校は運営資金としてクーポン券を獲得するために競争する”という制度である。

 日本ではこれを、学校選択制という形で導入を図った。しかし、このような考え方は、結果として、社会格差の教育格差への波及と固定化につながる恐れが強く、戦後日本の教育の指針であった旧教育基本法と相容れなかった。旧教育基本法の理念は、戦前の複線型教育制度への反省から、公教育の機会均等を実現することであったからである。教育基本法の取り扱いは、この国の将来にとって根本的な重要性を持つだけに、十分な国民的議論が必要であったはずだ。

 ところが、安倍内閣のもとで行なわれた教育基本法の改定は、衆議院では、自民党・公明党によって野党欠席のまま強行採決され、参議院では質問を打ち切って採択された。しかし、教育の機会均等は憲法26条にもうたわれた国民の基本的権利である。安倍内閣は自主憲法の制定を掲げて憲法の改正にも乗り出した。参議院議員選挙の大敗北で安倍内閣は退陣し、憲法改正は遠のいたが、改正教育基本法は残った。これに基づく教育振興基本計画の中で、学校選択制の推進がうたわれている。

 こうした教育の現状の中で文春識者が指摘した教育の病根を見ると、識者達の間でも戦後教育の是非について見方が大きく分かれていることがわかる。

自分の頭で考えない  戦後教育の欠陥  偏差値万能主義  受験競争  躾の欠如  道徳教育の不在  人材選別の権威主義  国際的に通用する人材不足

 ただ、どちらの見方に立つにせよ、「自分の頭で考える」ことは教育の原点であるはずだから、今回の原発事故が、国策という名の一方的な押し付けに対し、考えることを放棄したツケであることを思えば、原発の是非をめぐって国民的議論を起こすことは、教育の原点について、ひいてはこの国の未来について考える絶好の機会になるかもしれない。

 私は教員を養成する学校で学んだので、近代教育の祖といわれるジャン・ジャック・ルソーやペスタロッチの教育論に触れる機会があったが、私としてはペスタロッチの考え方により強く共感を覚えた。「民衆教育の父」と呼ばれるぺスタロッチは、「玉座にあっても、木の葉の屋根の陰に住んでいても、全て同じ人間である」という信念の下に、産業社会における貧困の原因が教育格差であると考え、全ての子供たちに生きる力を身につけさせることを教育の目標とした。私は、教師になるなら、失意のうちに世を去ったこのスイスの教育者の考え方を受け継ぎたいと思った。勤務評定の強行によってぺスタロッチ的な考え方はやがて否定されるのではないかという暗い予感を持って教師を辞めることになったが、文春識者の挙げる教育の病根をみると、どうやら私の予感は当たったようだ。

 ところで、上越新幹線長岡駅近くの小さな墓地に、私の尊敬する二人の教育者が眠っている。ひとりは、前にこのブログに「教育者」というタイトルで書いた菊池政次先生、もうひとりは、幕末の長岡藩の家老であった小林虎三郎で、2人の墓所は50メートルほどしか離れていない。小林虎三郎の名前は、小泉首相が所信表明演説で“米百俵”の話に触れたことから知られるようになった。戊辰戦争で焼け野原になった長岡に、支藩から百俵の米が送られてきた。明日の食い扶持にもこまっていた藩士達は、刀の鯉口を切って虎三郎に分配を迫ったが、虎三郎はこれを拒み、米を売った金を国漢学校の資金に当てた。この学校の流れを汲む長岡洋学校、旧制長岡中学からは、明治から昭和にかけて多くの人材が輩出している。「国が興るのも、街が栄えるのも人材だ。食えないからこそ人材を育てるのだ。そこから築き上げていかない限り、長岡が本当に息を吹き返すことは出来ないのだ。」という虎三郎の言葉は、教育が百年の大計であり、未来のために金を惜しんではならないことを教えている。日本の公教育予算のGNP比が、OECD28カ国中の最低であるという現実を、目先の政争に明け暮れる政治家達はどう考えているのだろか。(M)