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日本人が英語を学ぶときの難しさは、前回に述べた音韻の違いと並んで、日本語と大きく異なる語順の違いにあります。いろいろ指摘できますが、いちばん大きな違いは動詞と目的語の位置です。日本語がSOV型の言語であるのに対して英語はSVO型の言語です。誰でも知っている違いですが、「ああそうですか」ではすますことのできない大きな違いです。日本語の語順に慣れてしまった日本人は、これを英語の語順に切り替えるのは容易なことではありません。私たちは長年の日本語の使用を通して、述語の中心である動詞よりも先に、その対象のほうに意識が行くようになっています。この違いは、おそらく、認知の仕方や思考の様式にも影響を与えと思われます。認知実験にも、日本人が物事の状態や動作よりも、その目的語となる物や人を先に意識することを指摘しているものがあります。その違いがどういうものかを、次の例で見てみましょう。

(1)(わたしは)その男をいぜん見たことがある。/ I’ve seen him before.

(2) 太郎が試験に落ちたことを(わたしは)知らなかった。/ I didn’t know that Taro had failed the exam.

上の日本文と英文はそれぞれ同じ内容のことを述べていますが、語順がまったく異なることから、話者の伝えようとしているものが微妙にずれています。(1)の日本文は「その男」の情報が中心であり、「いぜん見たことがある」という情報はそれに付け加えられている感じです。ですから「その男を」を「その男は」に替えることができます。これに対して英文のほうは、「いぜん見た」という情報が中心になっています。ですから、たぶん、seenとbefore(とくにforeの部分)に強勢が置かれます。(2)の日本文は「太郎が試験に落ちた」が話題の中心であり、「(わたしが)そのことを知らなかった」という情報はむしろ2次的なものです。これに対して英文のほうは「(うっかりしていて)わたしは知らなかった」という部分が伝えようとする主要な情報であり、that以下の目的語の部分はその情報の補足といった感じです。このように言葉を情報の伝達という観点から見ると、日本語では物事の対象である目的語が最初に意識されて先に表現されるのに対して、英語では目的語が述語の一部として動詞のあとに置かれることになります。この表現の違いは発想にも関係する大きな違いのように思われます。

 次に副詞の位置に注目してみましょう。(1)の日本語では「いぜん」という副詞が目的語と動詞の間に挿入されています。しかし英語ではbeforeが文尾に置かれています。英語では動詞と目的語の間に副詞を挿入することは普通ありません。なぜかと言うと、英語のVとOは非常に密接に結びついていて、その間に他の種類の要素が入ることを嫌うからです。これも日本語と英語の大きな違いの一つです。

 ついでながらもう一つ、日本語のSOVのSはしばしば省略されることに注目しましょう。省略と言うよりも、日本語は主語をなるべく表面に出さないようにする言語です。とくに一人称の「わたし」や「わたしたち」は出さないようにします。そのため、日本語には英語のような主語は無いと主張する文法学者もいるくらいです。とくに一人称の「わたし」を繰り返すことは日本語では敬遠されます。「わたし」のことを書いて「わたし」を表面に出さないのが良い文章とされてきました。これに対して、英語は主語をいちいち几帳面に表現します。日記を書くときでさえ、‘I’ をいちいち書く人がいるようです。そういうこともあって、英語は自己主張を好む言語だと言われることがあります。

 日本語と英語の語順の違いは他にもあります。前置詞に続く目的語(名詞句)がそうです。日本語の助詞は名詞句のあとに置かれる「後置詞」です。これも大きな違いです。次の例ではbe afraid of, be fond ofが動詞と同じ役目をはたしています。

(1) うちの子どもたちは雷をこわがる。/ My children are afraid of thunder.

(2) ブロードウェイのミュージカルが楽しかったのですっかり好きになった。/ I enjoyed musicals in Broadway and grew very fond of them.

 もう一つ忘れてはならないのは修飾語の問題です。日本語では修飾語はどんなに長くても被修飾語の前に置かれますが、英語は2語以上になる分詞・不定詞・関係詞節などの修飾語句は後置されます。これも日本人にとって習得がやっかいです。しかしいったん習得してしまうと、長い修飾語は後置するほうが合理的であり、日本語はその点で不便な言語であることも分かります。(To be continued.)