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学習意欲の心理学(7)

Author: 土屋澄男

学習意欲を持続させるためにはそれを維持するにふさわしい自己イメージを持つことが重要であるとすれば、私たちはどのようにしてそれを創り出すことができるでしょうか。そもそも自己イメージは意図的に創り出すことができるものなのでしょうか。「あるべき自己」へと動機づけるパワーは、自己に関するイメージづくりから生まれるという考えは古くからありました。たとえばアリストテレスは、マクマホン(McMahon 1973)の説明によれば、心の中に生じるイメージが人の行動を動機づける主要な力であるとし、何かを追及したり、何かから逃れたりするイメージが存在するとき、その対象となるものがまるで物質的に存在するかのように心を動かすと考えていました。現代の心理学実験においても、人は心に描くイメージに対して、実際に見ている物に対すると同じように反応することが知られています。たとえば、心の中の視覚的イメージづくりと実際の視覚作用とが、脳の同じ部位を活性化したという実験報告があります。このように、自分が目指している目標に向かって「あるべき自己」の細部を練り上げて自分自身の行動をイメージ化することは、抽象的な目標を実際行動に具体化するのに大きな役割をはたします。そこに必要なのは想像力(imagination)なのです。

 さらに言えば、想像とは自己を拡張し、時間と空間を超え、世界と自分自身に関する新しいイメージを創り出すことです。私たちはりんごの種を見て、その木や実の姿を心に思い浮かべることができます。生まれたばかりの赤ん坊を見て、その子の10年後、20年後の姿を心に描くことができます。想像力を使わずに自己のあるべき姿を思い浮かべることはできず、したがって「あるべき自己」に向かって向上することもありません。私たちの動物的知覚は時間空間に極度に制限されていますが、想像力を駆使することによって、時間と空間を超えたイメージの世界へと導かれます。そしてそれは自己の将来のあるべき姿をも現実のものとして見せてくれるのです。

 言語は社会的な所産ですから、私たちは日本に住むかぎり母語である日本語に縛られており、母語ではない英語を使えるようになりたいという希望や夢は社会的な制約を受けます。筆者が英語を身につけたいという強い願望を持つようになったのは、1945年の日本の敗戦によって自分たちの大切にしていたものがすべて否定されたような気がしていたときに、日本に進駐してきたアメリカ人や、ハリウッドのアメリカ映画を通して知ることになった言語と文化が、非常に新鮮で魅力的に感じられたからでした。それは15歳の少年にとって物の見方を完全に変えるほどのショッキングな経験でした。このような国と戦争をしたとは日本はなんと愚かだったのだろうかと、その時は心の底から思ったものです。みな食べるのにも困っていた時代でしたので、まずは英語を学んで、英語を教えることで食べていけたらいいなと考えたのが高等師範学校を志願した理由の一つでした。しかし現在は65年前とは事情が全く違っています。日本経済の最盛期は終わりを告げ、少子高齢化の低成長の時代にはいりました。青年たちの目は明らかに内向きになっています。現在の日本に満足しているわけではないが、外に出ていって苦労をするのは好まない。ですから海外から学ぼうとする意欲も低下しており、アメリカを始め、外国の大学・大学院への日本人留学生の数は年々減っていると報告されています。しかしこのような時代だからこそ、これからの日本人は海外に目を向け、他のあらゆる地域の人々との交流を盛んにすべきではないのでしょうか。

 若者の目を海外に開かせるものは、広く世界を知り、そこに自己を投入する対象を見出すことです。そして想像力を駆使して、世界の中で自分が何かの役割をはたすことのできる「あるべき自己」を描き出すのです。そのために必要なのは、そのような想像力を養う教育です。今年から小学校5・6年生に「外国語活動」という授業が必修になりました。これは以前から一部の小学校で実施されていた「国際理解教育の一環としての英語教育」の延長線上にあります。この授業は週に1時間だけですから、英語ができるようになることはあまり期待できません。それよりも、英語を学ぶ経験を通して、子どもたちが自分たちとは異なる生活や文化に興味を持ち、海外に目を向けることができればよいと思います。小学校で長年英語を教えている人たち(たとえば語学教育研究所・小学校英語部会の方々)の証言によれば、小学生たちは中学生や高校生よりも大胆に自己を拡張し、表現しようとするといいます。小学校における英語教育に意義があるとすれば、そういう意欲を育てることにあるのではないかと筆者は考えています。(To be continued.)