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「野田首相の表情と発言」のこと
(1)私は1年ほど前に別のブログ「英語教育批評」で、「首相の発言」の問題を取り上げたことがあります。当時は、はっきりと自分の言葉で意見を言う小泉首相の評価が高かったのです。前総理の菅さんは、“イラカン”とも言われたように、イライラしている様子が、テレビ画面でも分かる人物でした。今度の野田首相はどうでしょうか。とても落ち着いていて、怒ったり、怒鳴ったりということがありません。心強いと信頼する人もいるでしょうが、私はどうもあやしいと思っています。

(2)野田首相は、「与野党の話し合いで解決を」とよく言いますが、政治というものはそんな生易しいものではないことはご本人が一番よく知っているはずです。しかし、田中防衛大臣の起用とか、鳩山元首相に党最高顧問を依頼するとか、何をやりたいのか国民にはよく分かりません。底抜けの“好人物”で、敵味方なく“話し合い”ができると本気で思い込んでいるのかも知れません。テレビ画面では冷静沈着に見える政治家のほうが、実際は危険なのだと思いますが、内閣支持率の低下を見ると、多数の国民もそれは見抜いているようです。

「トーク番組」再考
(1)「私のテレビ批評(その42)」で、“トーク番組がつまらなくなった”ということを書きましたが、その例として、「NHK の朝ドラのヒロイン(女優は栗山千明)などが出演したら、個性が強すぎて面白くないだろう」といったことを述べました。トーク番組ではありませんが、NHK の“鶴瓶の家族に乾杯”という番組に彼女は出演しました(2012年2月6日)。その後はNHK の”“スタジオパークからこんにちは”にも出ていましたが、ドラマが終わらないうちにどうしてこうも宣伝したがるのでしょうか。

(2)この女優が鶴瓶と一緒に旅をしたのは岡山県の倉敷でしたが、彼女の態度はとても控え目で、感じの良いものでした。“だから女優は怖い”とも言えるのかも知れません。女優が出るコマーシャルでは、“あの人誰だったかな?”と誰だかよく分からないことがありますが、男の場合は、俳優でもスポーツ選手でも、すぐわかる場合が多いのです。

(3)ついでに、“家族に乾杯”の演出方法に注文をつけておきたいと思います。それは、“どうしてせわしなく画面を変えるのでしょうか?”ということです。1つの纏まりごとに場面を変えてくれれば、落ち着いて視聴出来ます。まるで、民放の予告番組のように、細切れにして提供されると、全体像が分かりにくくなるのです。いつでもそうした傾向があるというわけではないようですから、演出がその都度変わるのもおかしいと思います。

(4)NHK は視聴率など気にしなくてよさそうですが、やはり視聴率を稼げないと、担当者は局内で肩身が狭いのでしょう。“いっそのこと国営放送にしては”という意見もありますが、独裁国の放送のようになったら、言論の自由が失われてしまいます。デジタル放送になって、余裕の出た電波の使用方法を含めて、“放送の在り方”を真剣に検討すべき時機だと思います。(この回終り)