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<TPPを考える ④−5 各論—5 紛争処理>

各論—5 ISD ( 投資紛争処理条項 )

昨年11月、APECホノルル首脳会議直前に開かれた衆議院予算委員会のTPP集中審議の際、自民党の佐藤ゆかり議員のISD(S)( investor-state dispute settlement 紛争処理条項)についての質問に野田首相がトンチンカンな答弁をして失笑を買い、さらに突っ込まれて「国内法で対応できるよう交渉する」と答えたため、「国内法で国際法を変えるのか」と野次が飛びかい審議を紛糾させたことがあった。つまり、野田首相はこの条項についてよく知らなかったのである。

ISD条項は、投資家が投資先の国によって被害や差別を受けた場合(例えば企業の国有化、内国民待遇の否定など)、その国の政府を訴えることが出来るという規定である。TPPの原形であるP-4(シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリ)協定には投資の項目はなく、アメリカが参加して追加したものであり、ISD条項もそれに伴って加えられた。

ISD条項がはじめて導入されたNAFTA(北米自由貿易協定 1994年発効)では、アメリカ企業が、カナダ政府に対して起こした訴訟が28件、賠償額118億円、メキシコ政府に対し19件、賠償額143億円であるのにくらべて、アメリカ政府が訴えられた19件に対しては賠償額は0となっている。紛争の解決は、世界銀行グループの国際投資紛争解決センター(ICSID the International Center for Settlement of Investment Disputes )において非公開で行われるので、アメリカ以外の参加国にとって不利だという。世界銀行の総裁が、代々慣例により、最大の出資国であるアメリカの政府関係者に占められているからだ。現在のゼーリック総裁は元アメリカ通商代表で、6月に5年間の任期を満了して退任するが、後任にはクリントン国務長官、サマーズ元財務長官らの名前が挙がっている。

カナダの例:カナダのPCB廃棄物処理をしていたアメリカ企業が、カナダ政府がPCB輸出を禁止したことで被害を受けたとしてICSIDに訴えた事案で、カナダ政府が敗訴している。
メキシコの例:メキシコでコーンシロップを製造していたアメリカ系企業が、政府が甘藷糖以外の甘味料を含む飲料移送に課税したことを内国民待遇違反として訴えた事案で、ICSIDはアメリカ企業の訴えを認め、メキシコ政府が敗訴している。

今週行なわれたオーストラリアとの事前協議で、オーストラリアはTPPにISD条項を入れることに強く反対する考えを日本側に伝えたという。また、来月発効する米韓FTAにはISD条項が盛り込まれているが、野党側は、“李明博大統領はこれによって韓国の米国化を進めようとしている”として協定の破棄を訴えており、4月総選挙の争点になるものとみられている。
こうしたことから、TPPに反対する側の一部ではISDは治外法権を認めるものだとか「毒素条項」と呼ぶ人もいる。投資の自由化こそがアメリカがTPPを推し進める真の狙いだと考えている人に多い。

これに対して、経団連などは、現在のFTAやEPAには、政府が外国投資家との契約を守るいわゆる「アンブレラ条項」を含まないものが多く、政府の約束違反に対する法的手段としては、現地の裁判を利用するしかなく、投資家にとって不利であると主張している。投資協定にアンブレラ条項がなかったため日本企業が泣きを見た事例に、ベネスエラのチャベス大統領による日本企業の鉄鋼原料プラントの国有化がある。

また、これまで日本が諸外国と結んだ投資協定では、日本企業が相手国を訴えたことはあるが、日本政府が訴えられた例はないということで、TPPでも日本にとって不利にはならないとしている。さらに、NAFTAでメキシコ政府が訴えられた件は、メキシコ政府が外資系企業を差別的に取り扱ったケース。カナダの例も外国企業に一方的な負担を要請したものであるという。日本が所得収支が貿易収支を上回る債権国となった今、投資先での権益を守る条項はどうしえも必要な条項であるとしている。ICSIDが世界銀行グループに属していても判定が世界銀行によって左右されることはないというが、アメリカが11代も世銀総裁を独占していては、むなしい言い訳にきこえる。(M)