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< 私見TPP ③ > TPPと自主防衛論

③ TPPと自主防衛論

 TTPをめぐって、私にはもうひとつ心懸りなことがある。TPPを安全保障問題、特に自主防衛論に結びつける傾向である。その底流にはTPPにいたる日米貿易交渉でのアメリカの一方的な要求への反撥、中国の軍備増強に対応するアメリカのアジアにおける軍事的プレゼンスの再編成とそれに伴う強引な対日要求などがあると思われる。

 先日の新聞に小林よしのりの「反TPP論」という漫画本の大きな広告が載っていた。怒った著者の似顔の吹き出しに“日本がアメリカみたいな国になってもいいのか!!”とある。また、TPPに反対する7つの要点の第一に「TPPとは、アメリカとの逃げ道・白旗なき戦争である」と記している、これほど極端ではなくても、ブログの資料にしたTPPに関する8冊の本の中にも、アメリカの一方的かつ強引な手法を強く批判するものが多かった。敗戦以来、日本人の心の底にある“軍事的宗主国“アメリカへの鬱積した感情がTPPをきっかけに吹き出してきた感がある。

 日本より一層安全保障でアメリカ依存度の高い韓国では反米感情も根強く、昨年末の米韓FTA批准国会で催涙弾が飛び交い、野党は、4月の総選挙と12月の大統領選挙で勝利した場合には米韓FTAを破棄すると宣言している。(3月15日発効)。経済学者の伊東光晴一橋大学名誉教授は、日本は米韓FTAに注目する必要があるとして、コバグワティ・コロンビア大学教授の次のような見解を紹介している。「アメリカは対日要求の前には対韓要求を行なう。韓国は北朝鮮と対峙し、国防上アメリカの要求に従わざるをいえない政治上の弱者である。これに経済的要求をのませ、次いで日本に同じ要求をのませる」。

 確かに、”守ってやっているのだから、言うことを聞け”というアメリカの露骨な態度は、「沖縄密約」や「非核3原則」、地位協定の改定に応じない姿勢、それに最近では海兵隊のグアム移転などに象徴的にあらわれている。現在進行中のアメリカ海兵隊の再編計画では、沖縄の海兵隊8千人のグアム移転を4千7百人に減らすので約100億ドルの予算のうち米側の4割の負担は減らすが、日本側には予算を増やせというのだ。 こういう一方的なアメリカの態度に反撥して、“小林よしのり”的自主防衛論が顔を出す。

 これに対して、日米基軸論者が反論する。矢内正太郎元外務次官は「TPP参加は強い安全保障、強い経済への分水嶺」という論文で「環太平洋自由貿易構想を戦略的観点から眺めれば、日本が飛び乗るべきバスであることは自明である」と述べている。ところが、この論文を「TPP亡国論」で紹介した中野剛志(京大大学院助教)は、矢内(及び彼が代表する外務省)は、戦略的思考に欠けると批判し、次のような自主防衛論を展開している。「アジア太平洋地域にアメリカ中心の同盟網が必要であれば、アメリカは日本がTPPに参加してもしなくても同盟網は維持するし、そうでなければ日本の安全保障を放棄することがあるかもしれない。つまりTPPと安保は関係ない。」とした上で、アメリカが日本を守ってくれない時が来ることを考え、万一の場合には独力での防衛も可能になるによう防衛力を強化せよと自主防衛論と展開している。

 だが、独力で防衛が可能になる防衛力とはどのようなものなのか。日本の仮想敵国が中国であることは明らかであり、すでに、日米韓三国が在韓米軍司令部の下で、中国軍を迎え撃つ図上演習を実施している。その作戦を日本独力で展開するとすれば、どれほどの軍事費がかかると考えているのか。中国は公表されただけでも日本の2倍を超える軍事費を支出している。相手よりすぐれた軍備を持たなければ負けることは必定であるから、軍備競争は必ず“いたちごっこ”の軍拡になるのである。

 そうなると、安上がりの自主防衛論として出てくるのが「核武装」である。
日本には既に原発の燃えカスとして長崎型原爆数千発分のプルトニウムが蓄積されている。原爆の製造技術は既に周知のことであり、日本がその気になれば極めて短期間に製造できるとみられている。その上、日本は運搬手段も既に持っている。H−2などのロケットは、本質的にミサイルと変らない。これを組み合わせれば日本は短期間に核兵器保有国になりうる。そうすれば、通常軍備の拡大よりもはるかに安上がりで、自衛隊の削減も可能になるだろう。

 このような背景の中で、自民党青嵐会の時代から「核武装」を出したり引っ込めたりしてきたのが石原慎太郎東京都知事であるが、最近は国政復帰を見据えて、公然と「日本核武装」を唱えている。また、前回紹介した「資本主義以後の世界」の著者中谷巌一橋大学名誉教授もある種の核武装論者である。彼は、「日米同盟に日本人全ての運命を預けてしまってよいものだろうか」と疑問を呈した後、イザと言う時のために国営の最新鋭原子炉を2~3基建設し、プルト二ウムヲを蓄え、最新鋭の原子力研究を続け、これを抑止力とすることを提案している。

 私はこのような意見には断固反対する。核武装の行く末は「共滅」であると考えるからである。核武装論者の多くは核を持つのは抑止のためであって、使用するためではないと主張するが、絶対に使わないのであれば、持つ必要はないから、使うことを前提にしなければ”核抑止”は成り立たない。万一、核兵器を使えば、報復による「相互確証破壊」によって「共滅」にいたる。だから核抑止が利くのだという論者は、核抑止は相手が理性を有している時にのみ成立することを無視し、戦争が、理性を失った国家による殺し合いであることを忘れている。(M)