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NHK (1) 暗い予感  松山薫

 ようやく手にした退職証明書を持って、当時は日比谷公園近くの内幸町にあったNHK本館の人事部へ出向いた。辞令をもらうと「本給13,600円」とあった。実際には時間外手当や休日、深夜勤務手当てなどを含めて貿易商社の18,000円くらいにはなったが、まさに、N=日本H=薄給K=協会の名にふさわしい給与で、家庭教師分をどこかで稼がないと、家族を養っていけなかった。

 国際局の職場へ案内されると、退職が1ヶ月近く遅れたので、同時に採用された人達は既に皆働いていた。中途採用者は、共同通信やジャパンタイムズの記者、アメリカ大使館の広報担当者などでニュースのド素人(とデスクが言った)は、私だけだったようだ。

 私がNHKの体質に疑問を持ったのは、入局第一日のことだった。国際局報道部のソファに腰掛けてぼんやりしていると、デスクの1人がやって来て「君はKさんの引きだったね」とささやいた。Kさんのいうのは政界にも太い繋がりのある実力者理事で、会長候補の1人だった。私がキョトンとしているとデスクは。「ァ、いいんだ」と言って立ち去っていった。私は何か暗い予感がした。そのうち、国際局にはコネ採用が横行していることが分かって来た。ここを窓口にして、コネ採用し、国内各局へ配置換えしていく例が枚挙にいとまないくらいあった。多くが政治家のコネであったが、当時の郵政省からの天下りもあった。だいたい国際局長というのが郵政省電波管理局長の天下り先だったのである。

 笑い話のようなこともあった。ある朝のTVのニュースショウに出演した文豪が、「うちの○○が、亡くなったKさんの引きでNHKに入ったんだが・・・」とこともなげに語った。Kさんというのは私の場合にデスクが述べたKさんと同じ人で、存命中であった。次の日、キャスターをつとめていたアナウンサーに会ったら「イヤー本当に参りました」と言っていた。しかし、このような事態は笑い事では済まされない。国際局アジア部のアドバイザーをしていた中国文学者の東大教授が部内の機関紙に、「受信料で成り立つNHKは、全ての面で公正でなければならず、卑しくもコネによる採用などがあってはならない」と書いたのである。

 一般論ではあったが明らかに現状に対する警告であった。結局私は、組合運動を通じてNHK経営のこのような体質と対決することになっていった。(M)