Archive for 1月 5th, 2013

(124) 初夢 松山薫

Author: 松山 薫

(124)

< 初夢 >

 酒の飲めない正月になってもう10年近くになる。飲みたいという気はすでになくなっているが、酒のない元日は手持ち無沙汰なので、早めに床に就いた。初詣の遊行寺で引いたおみくじは「小吉」だったので、今年の初夢に期待した。

 かなり大きな川のほとりを一人で歩いていると、川の中ほどにたちこめた霧の中に誰か立ってこちらを見ている。目を凝らすと分った。「オイ、平八郎君じゃないか!」と声をかけたところで眼が覚めた。夜光時計の針は午前2時半を指していた。憶えているのはこれだけで、たしかに悪夢ではなかったが、私にとっては痛切な思い出につながる夢だった。

 佐藤平八郎君は、NHKに入った頃の同僚であった。私が学校を出て7年間あちこちで働いた後、NHKの中途採用試験を受けて採用された年、彼は東大の英文科を出てNHKに入り、国際局報道部に配属されていた。年も違っていたし、3交代の職場なので、顔を合わせることも少なく、個人的な付き合いはほとんどなかったが、それから数年たって、私が組合の分会長に選ばれた時、彼も執行委員になった。当時のNHK労組は御用組合の域を出ておらず、労使交渉と言っても、職制側とやりあうのは私だけで、執行委員の間では、“もの言えば唇寒し“という雰囲気が支配していた。

 その頃、経営側は部室の一部を移動し、かなりの部員をそこへ移す計画だったが、部屋が狭く、労働基準法でいう気積(一人当たりの空気の量)が大幅に不足する上、窓がないため換気が悪く、組合は移動する部員の数を減らすか、壁に窓を開けるよう要求していた。しかし、経営側は、いずれの要求にも応えず、移動を強行する構えだったので、私は、このまま実施すれば労使関係を絶つという強行手段に出ることを通告した。団交室に私の大声が響き、緊張した空気が張り詰めたその時、佐藤平八郎君が突然「分会長の言うとおりだ。はっきり答えてくれ」と鋭く迫った。私も驚いたが、労使対等という原則などは毛頭頭になかった職制側にはもっとショックだったろう。これをきっかけに、何人かの執行委員が口を開き、経営側は、移動する部員の数を減らすことを約束した。

 その晩、初めて二人だけで酒を飲んだ。「何で急に叫んだんだ。転勤や昇進に響くかもしれないぞ」と訊ねると「安全地帯に身を潜めているのに耐えられなくなったんです」と答えた。
それから新橋のなじみの居酒屋で一緒に酒を飲むようになった。デスクの中にも彼の一本気な剛直さを愛していた人がいて、縁談を持ってきた。見合いの相手は、このデスクが名古屋放送局に在勤中知己を得た元県知事の娘さんで、お互いに気に入って結納が取り交わされ、もう直ぐ結婚式というある晩、彼に誘われて居酒屋で祝杯を挙げた。かなり酒が回った頃、彼が突然「ところで先輩はどこで結婚式を挙げたんですか」と訊ねてきた。「いや、俺は親兄弟を養っていて、余裕がなかったから結婚式はしていないんだよ。まあ、記念写真だけは撮ったけどね」と答えると、「やっぱりそうか。私も結婚式はやめます」と言い出した。

 私はあわてて「オレだってカネがあれば結婚式をやっていたと思うし、だいたい相手の気持ちも聞かずに、それはないだろう」と説得しようとしたが、彼は、「本当は二人だけで一から始めたかったんです。彼女も理解してくれますよ。だいたい、二人とも、虚飾の式なんかやりたくなかったんだ」と言って聞きいれなかった。仲人役のデスクも困って翻意を促したが、彼は応じなかったので、予想どおり相手の両親が猛反対して、とうとうこの縁談は破局に終ってしまった。彼女に惚れ込んでいたらしい平八郎君の顔を見るのが辛くて、しばらくは一緒に酒を飲むことが出来なかった。( 続く )(M)