Archive for 2月 6th, 2013

日本語で「気づく」はよく使われる言葉です。しかし「気づき」という名詞形はそれほど耳にしません。それに相当する英語は「アウェアネス」(awareness)ですが、これは英米の心理学や教育学の分野で学問的な用語になっています。また一般の人の会話にもしばしば使われます。英語の「アウェアネス」に影響されて、日本でも最近「気づき」を使う人が出てきました。筆者もそれを好んで使うひとりです。そしてこの語が身近な語として、もっと多くの人に使われるようになることを期待しています。

 いま筆者の手許に Introducing Language Awareness by Leo van Lier (Penguin English Applied Linguistics, 1995) という本があります。著者はオランダ出身の教育言語学者で、英国ランカスター大学で学位を取得し、1984年から米国の大学院で教育言語学(educational linguistics)のコースを担当している人です。この本の目的は、言語についての人々のアウェアネスを高めることにあります。一般に、人は自分のふだん使っている言語についてあまり意識をしていません。意識するのは、たとえば、慣用から外れた言い方をして他の人から注意されたり、笑われたりするときです。それだけではなく、言語についてアウェアネスを欠いた無意識的な使用は、しばしば重大なコミュニケーションの齟齬をきたします。著者van Lierによれば、こういうことは自分の使用している言語についてのアウェアネスを欠いていることに起因しているといいます。ですからこの本は、人々が言語についてのアウェアネスを高め、言語を使用している過程で起こるそのような問題に対処できるようにしようというわけです。

 上に紹介したvan Lierの本は、人々の言語生活の向上を目指す実用的な本です。しかし「アウェアネス」という概念は、もっと学習の基本的な概念に関わる重要なキーワードであると筆者は認識しています。そのことを、筆者はカレブ・ガテーニョ(Caleb Gattegno 1911-88)のセミナーに参加して知りました。彼は1980年代に毎年来日してセミナーを開催していましたが、あるとき講義の中でこう言いました。「教育可能なものは、アウェアネスだけである。」(What is educable is only awareness.)と。この言葉を聞いて大きな衝撃を受けたことを、今でもはっきりと覚えています。そしてそれから今日まで30年近く、筆者はこの命題を反芻してきました。いま筆者が理解している「アウェアネス」とは以下のようなものです。

 すべての学習は何かに気づくこと(つまり「気づき」)から始まります。 赤ちゃんもたぶんそうです。言語学習についても、赤ちゃんの学習は母の胎内から始まっています。最近は生まれたばかりの赤ちゃんの脳機能を「光トポグラフィー」によって調べることができるそうです。それによると、生後5日以内の赤ちゃんがすでに言葉に反応し、大脳皮質が活発に活動していることが分かるといいます。つまり、赤ちゃんは母の胎内で、お母さんの話す言葉を聞いてその音の変化に気づき、いろいろな音の区別を学習しているのです。日本でもそのようなことを、産経新聞の「新・赤ちゃん学取材班」が取材して紹介していました(『赤ちゃん学を知っていますか?』新潮社 2003)。

 「気づき」はすべての学習のきっかけをつくります。「気づき」のないところに学習はないのです。私たちは自分の赤ちゃんであった頃のことは思い出せませんが、英語という学国語を学び始めたとき、いろいろなことに気づいたことを思い出せるのではないでしょうか。筆者が英語を習い始めたのはちょうど太平洋戦争が始まった時期でしたから、英語に初めて接するのは中学校に入った時でした。それまで英語らしい英語を耳にすることもありませんでした。英語のアルファベットの文字は多少知っていて、それは左から右に横書きにされるくらいの知識はあったと思います。しかしそれぞれの文字が、基本的に一つの音を表わしていることは知らなかったので、そのことを知って驚いたことを思い出します。先生はそんなことは当たり前のことと思われていたのでしょう。説明もありませんでした。ただ、それぞれの音が日本語の音とどう違うかを熱心に説明し、反復練習をしてくださいました。日本語の音の単位が音節であるのに対して、英語の音(と文字)は母音と子音に分節されるなどという「メタ知識」は、何年もあとになってから知りました。しかし日本語と英語の音の単位がはっきりと違うものだという「気づき」は、中学1年生の時にすでに持っていたと思います。そうでなければ、英語の単語を正しく発音することも、それを正しい綴り字にして書くこともできなかったでしょう。(To be continued.)

 *  カレブ・ガテーニョは、外国語教育では「サイレント・ウェイ」(the Silent Way)の提唱者として知られていますが、実際にはもっと幅広く活躍した人で、自分自身は「教育科学者」(an educational scientist)と呼んでいました。1911年エジプトのアレクサンドリアの生まれ、1937年にスイスのバーゼル大学で数学博士号を取得、1951年にフランスのリール大学で心理学博士号を取得。その後ロンドン大学で教え、1952年にイギリスで「数学教育学会」(the Association for Teachers of Mathematics)を創設、1954年に数学教材会社を設立。1966年から活動の本拠をニューヨークに移し、1968年にEducational Solutions, Inc. という出版社を設立。自分の著作や数学教材、およびサイレント・ウェイによる外国語教材を多数出版し、世界各地でセミナーを開催。博士は45の言語に通じており、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、日本語、中国語など、多くの言語についての教材を開発しました。

*  ちなみに筆者(土屋澄男)は、ガテーニョの著作のうち次の2点を翻訳して出版しています。① The Universe of Babies『赤ん坊の宇宙—その驚くべき自我のはたらき』(リーベル出版 1988) ② What We Owe Children『子どもの「学びパワー」を掘り起こせ—「学び」を優先する教育アプローチ』(茅ヶ崎出版 2003)。