Archive for 2月 7th, 2014

(182) 資源枯渇の日本

Author: 松山 薫

(182)< 人権大国への道 >
                           
 所与の条件 ② 地球資源の枯渇と日本

 人類社会は産業革命以来わずか2百年あまりの間に、工業化にともなう大量消費それに二度の世界大戦を含む絶え間ない戦争という浪費によって、地球の資源をあらかた食い潰してしまった。46億年といわれる地球の歴史から見ると、まさに“一瞬のうちに” と言ってよい。これから先どうするつもりなのか。
 
 生産活動の原材料となる主な鉱物資源について、現在の採掘量を基準にすると凡その可採年数は、鉄 67年、銅 39年、金 23年、銀 19年 などとなっている(アメリカ地質調査所などの試算)。これらの数字には当然異論もあるが、いづれにしても、近い将来掘りつくされてしまうことは間違いない。

 また、化石燃料などのエネルギー資源の可採量は、石油が40年あまり、天然ガスが60年余り、原子炉の燃料になるウランが100年、石炭が130年あまりと推定されている(電気事業連合会)。アメリカが期待しているシェールガスの可採年数については諸説あるが、オバマ大統領は”100年分が地下に眠っている”と演説している。いづれにしても、150年後にはすべてゼロになるのだ。

 さらに、非鉱物資源についてみると、食糧の中核であり人類の主食といわれる穀類の消費量は20世紀末の15億トンから10年間で8億トン増えて22億トンに、さらに10年後には5億トン増えて27億トンに達するものと予測されるが、特に飼料用穀物の消費量の増加が目立つ。つまり、穀物をそのまま食わず、家畜に与えて肉にして食うからで、鶏1キロの生産には穀物4キロ、豚肉の場合は7キロ、牛肉は11キロ必要とされる。この傾向は、中国がそうであるように、アジア、中南米、アフリカ諸国の平準化によってますます強まるだろう。そうすると、再び「マルサスの罠」* にはまるかもしれない。将来の食糧危機を見越してFAOは、昆虫の養殖など「昆虫食の将来性」につての初の報告書をまとめた。
* 人口の増加はネズミ算、食物の増産は足し算で、食糧不足がおきる。一人当たりの分け前が減ると疫病や戦争が起き、人口増が抑制されるというイギリスの経済学者トーマス・マルサスの理論

 また、水資源について、UNESCOは、世界で現在供給可能な水は、4兆2千億立米であるが、2030年には人口の増加で必要量が6兆9千億立米に達し、世界人口の半分近くが水不足に悩むことになるという。水資源は、人間の生存に不可欠であるばかりでなく、生産活動にも不可欠である。農水省の「仮想水*一覧表」によると、牛丼一杯を作るには2トンの水が必要だという。「淡水の欠乏と生態系の衰弱が、国際政治と人類文明を左右する要素の一つとして急浮上してきた。限りある水資源の支配をめぐる争いが、21世紀の国家の命運と国際秩序を決めることになるだろう」という意見もある(水が世界を支配する スティーブン・ソロモン著 矢野真千子訳 集英社)
* 食料等を輸入して消費する国が、仮にその食料を自国で生産するとしたらどれだけの水が必要かを試算して導き出された水資源の量

 水資源は水源地の森林によって支えられている。しかし、アマゾンやボルネオの熱帯林をはじめ、森林の大規模な伐採が続く。UNEP(国連環境計画)は、熱帯林の破壊はすでに取り返しのつかない状態になっているという。熱帯林の破壊はCO2の吸収による大気浄化作用の減退につながり、地球温暖化、生態系の破壊の原因になるという。森林破壊の70%以上は商用伐採であるが、森林資源の豊富な(森林大国ドイツの2倍以上)日本が安い外材に頼り(世界第3位の木材輸入国。自給率27%)地球の森林破壊に一役買っていることを知っておかねばならないだろう。

  食糧も水も金属も燃料も、一国の存立に欠くことのできないいわゆる「戦略物資」である。海外依存度が異常に高い日本は、世界の人口爆発による資源獲得競争の中で、危機的状況にあるという。(90億人の争奪戦 中野剛志 文芸春秋 2013−11月号)また、これらの物資の価格はすでに高止まりしている上、BRICSを中心とした新興国の需要の拡大を期待した投機マネーの流入によって押し上げられやすい。さらに日本への供給先が特定の国、地域に集中しているため、地政学的リスクなど、供給リスクが大きい。( 資源クライシス 桂畑誠治 日本実業出版社)

 陸地の天然資源をあらかた食い尽くしてしまった後、海底に手を伸ばし、さらに国際条約を無視して南極の資源を奪い合い、北極海の氷原が温暖化で縮小し、北極航路が開けたのに乗じて北極の資源を狙い、月や火星の資源にまで手をかけようとしている。それでも天然資源の枯渇は避けられそうもなく、天然資源ではない原子力エネルギーへの依存や、生命の根源である遺伝子の組みかえによる作物を生み出した。人間が自然の一部であることを忘れ、自然の摂理を破壊する”悪魔“の所為ではないのか。原子力エネルギーによって原子爆弾を生み出したロバート・オッペンハイマーは、アラモゴードでの最初の核実験の直後、紫色に立ちのぼるきのこ雲を見ながら「今、われ、死となれり。世界の破壊者となれり」というヒンズー教の聖典の言葉を思い浮かべていたと語っている。

 果たしてこれで持続可能な人類社会の発展は可能なのか。100年後の世代はどうやって生きていくのか。ローマクラブ*が1972年に「100年後に人類の成長は限界を迎える」と警告してから40年が経ち、残された時間は60年となった。今年大學を出て社会人になった若者が、今の私の年齢に達する頃のことだ。
*世界各国の科学者など各分野の有識者100人が集まって資源、人口、環境など全地球的な問題について対処するため1970年にローまで発足した民間のシンクタンク。

 このような状況の中で、資源小国といわれる日本現状はどうか。資源エネルギー庁は次のように概括している。「私達の日常生活や産業活動を支えるための原材料が鉱物資源です。ところが我が国は鉱物資源に乏しく、その大部分を輸入している。また、人間生活を支えるエネルギー資源についても、石油、LPガスは中東、ロシア、天然ガスは中東、オーストラリア、インドネシア、石炭はオーストラリアからほぼ全量を輸入している。」たしかに、昔はかなり埋蔵量のあった金・銀・銅などは、江戸時代から明治・大正時代に掘りつくし、ほとんど唯一の国産エネルギー資源であった石炭の採掘も1990年の夕張炭鉱の閉山で終止符を打った。そのため、現在では、鉄鋼石や銅などの産業用の資源、原子力発電用のウラニューム、レアメタルなどの鉱物資源それに天然ガスを含む化石燃料はほとんど輸入に頼っている。エネ庁の史料によると、国内の鉱山の数は、1970年の246から、2007年にはわずか11に、鉱山労働者の数は3万4千人が850人に減少した。

 そこで、アメリカのシェールガス、サハリンの天然ガスの大増産をあてにしており、尖閣列島周辺海底の天然ガス、南海トラフのメタンハイドレード、太平洋海底のレアメタルなど海底資源の探査もおこなわれているが、アメリカはシェールオイルの輸出を禁止ており,メタンハイドレードは海のものとも山のものとも分からず、尖閣の天然ガスは領有権問題の見通しがつかず、今のところサハリン沖のLPGのみが頼みの綱だが、これにも戦略的な問題がつきまとう。

 では、日本には本当に資源はないのか。私はあると思う。それは年間1000万トンのコメなどの生産能力のある耕作可能地、国土の3分の2を覆う森林、それに積雪によって生ずる豊かで綺麗な水と列島をとりまく世界第6位の広大な海洋(排他的経済水域)、四季折々に変化する豊かな自然環境である。日本人は人口激減をチャンスとしてこれらの資源を十全に活用することによって、この狭い国土の中にあっても、今よりはるかに幸せに暮していけると私は考えている。

 天野祐吉は随筆「CM天気図」で次のように語っている。「『生活は豊かさの“最上限”を求め、生存は安全の“最低限”を求める』と言ったのはだれだったか。今の世の中、生活の最上限を求めて走り続けた結果は、生存の最低限を脅かされると言う事態になった。」・・・「いまや生存の最低限を脅かすようになった経済成長至上主義の仕組みを、この辺で思い切って組みかえていかないと、もう時代はどうにもならないところへきていると思わなくっちゃ。」上述の諸事実を突き詰めると、真実はそういうことになると、私も思う。(M)