Archive for 12月 20th, 2014

(214) < 人権大国への道 終章 >

5.私の安全保障論 ② 平和への道筋 (2)

 今年は、第1次世界大戦の開戦から100年に当たる。第1次世界大戦では戦車が登場し飛行機も使われるようになった。これによって、自らは安全なところに身を置きながら、相手を大量に殺すという非人道的な戦闘行為が戦争の中核的手段となっていった。1900万人の「いのち」を奪ったというこの戦争が終わった時、戦争の惨禍への反省の上に、人類史上初の本格的な国際機構として国際連盟( the League of Nations )が創設された。国際連盟の創設を主導したアメリカのウッドロー・ウィルソン大統領は、「人類を解放する力は一つしかない。それは人類自身の力、世界の道義的な力の結集である。そして国際連盟規約には世界の道義的な力が総動員されている」と述べている。国際連盟規約には現在の国連憲章と同じような、集団安全保障の考えが盛り込まれていたが、この規約が実際に効力を発揮することはなかった。最大の理由は、創設の主役であったアメリカが、自身の手を縛られることを嫌って、議会で3分に2の多数の賛成を得て連盟規約を批准することができず、国際連盟に加盟しなかったからである。その後も続く“大国の身勝手”、ダブル・スタンダードを象徴する出来事だった。そして、国際連盟を事実上崩壊させたのは、軍事大国として列強の一角を占めていた日本の脱退だった。そのあと、世界は第2次世界大戦へ突き進んで行った。人類はたった一つしかない平和への大道、「道義的な力の結集」に失敗したのである。

 来年は、第2次世界大戦が終わってから70年になる。この戦争ではついに核兵器が登場し、大量殺戮による非人道性は極限に達した。数千万人の「いのち」を奪い、その何倍もの家族に忘れがたい悲しみを与えた戦争が終わろうとするおよそ1年前、戦勝国による戦後世界を構想するダンバートン・オークス会議がワシントン郊外で開かれた。国連憲章の原案となった文書を採択したこの会議を主導したのもアメリカであった。私は、この会議にかけたアメリカの熱意と良心に感動して国連中心主義に傾いたのだが、戦後のアメリカの行動は、再び”大国主義”とダブル・スタンダードに終始し、占領によってアメリカへの隷属的立場になった日本もそれに同調せざるをえなくなったのである。

 国連の中核である集団安全保障機能については国際連盟創設の頃から特にアメリカとフランスの間で意見が対立していたが、国際連合になってからも、特に安全保障理事会の拒否権がガンになって、国連の安全保障機能は、冷戦中、東西の対立による安全保障理事会の拒否権の乱用によって機能不全に陥っていた。冷戦が終わった時、当然、国連本来の機能を取り戻そうという動きが起きた。その一つが第6代事務総長に就任したエジブトのブートロス・ブートロス・ガリによる重装備の「平和強制」部隊創設の構想であった。つまり、国連は当初の構想通り「牙」を持たねばならないという提案であり、「平和強制部隊」は各国の常備軍の一部を国連待機軍にすることでまかなうというものであった。この待機軍は憲章第7章に基づく国連直属の世界警察軍であり、憲章に特段の規定のない平和維持活動(PKO)のための待機制度とは根本的に異なる。

  私は、国連の本来あるべき姿に立った当然の提案だと思ったが、この提案はソ連の崩壊によって唯一の超大国となったアメリカの逆鱗に触れ、ガリ事務総長は、従来2期という任期を一期で交代させられて、後任にはアメリカの推薦するガーナ出身のコフィ・アナンが当てられた。しかし、アメリカの操り人形と思われていたアナン事務総長も、イラク戦争の時には、アメリカの単独行動主義を強く批判し、「いかに不完全とはいえ、過去58年間世界の平和と安定のために頼りにされてきた国連の(多国間主義という)大原則に根底から挑戦するものだ」とアメリカを批判するようになっていた。

 国連はアメリカの敵なのか、それともアメリカの道具なのか。いずれにせよ、このままでは国連が所与の目的を遂行することはできないのである。世界各地で紛争が絶えず、核戦争の可能性も皆無とはいえない今日、それは人類全体にとっての不幸である。第三次世界大戦は核戦争だから、国際連盟、国際連合に続く第3の国際機関はもはやありえない。だから、次の世界大戦を避けるためには、いまの国連を集団安全保障の機関として強化するしか道はないと私は考えている。

 そのように考えるのは私だけではない。坂本義和元東大教授の国連軍構想については前回述べたが、政治レベルでは、細川護煕が日本新党の創設に当たり、1992年6月号の文芸春秋誌に発表した「日本新党(自由社会連合)結党宣言」の中で、国連軍構想を含む国連強化への貢献を打ち出した。さらに、細川内閣を陰で操ったと言われる小沢一郎は、翌年出版した「日本改造計画」の中で、核兵器の国際管理案とともに、日本に国連待機軍を作ることを提案して次のように述べている。「日本が海外での武力活動に参加するのは、唯一国連による平和維持に協力するためである。その限りにおいて憲法第9条に違反しない。むしろ憲法の精神に合致する。その意味で自衛隊が国連待機軍として国連の要請の応じて出動し、国連の指揮下に入ることは憲法に違反しない。国連が自ら常設軍を保持する場合に、日本が国連常設軍に自衛隊を提供することも憲法に違反しない。…生身の若者を海外へ送り出すにあたっては、一点の瑕疵もあったはならない。本当に日本は世界の平和だけを願って活動するのだということを、一点の疑いもなく、言葉ではなく行動で示す必要がある。」

 この小沢提案を知って作家で評論家の高橋源一郎は、極めて発展性のある議論だと思ったという。日本が国連待機軍を創設すれば、国連安保理事会の常任理事国入りの有力な手ががりになるからだ。さらに他の小国が国連待機軍を創設する呼び水になる。また、作家の島田雅彦は、文芸春秋誌の「これが私たちの望んだ日本なのか」という特集の中で、「憲法9条に忠実に、戦争放棄を徹底し、自衛隊を国連に委ね、世界初の世界共和国宣言をするのはどうか。…こういう議論を悪い冗談だと思う人がまだ多数を占めるのは悲しいことだ」と述べている。私は今でも、民主党政権の首班候補選挙で小沢一郎が敗れたことを残念に思っている。

 最近新聞で「国際連合日本駐留部隊の構想」という本の広告を見て読んでみた。筆者は医師で、世界連邦主義の立場から自衛隊を廃止し、国連の日本駐留部隊を創設する、この部隊は日本の専守防衛を任務とし、PKOには参加するが、国際紛争を武力で鎮圧す強制執行には参加しないとしている。なお、この本の資料に「世界連邦日本国会委員会名簿」(2010)がついており、首相経験者5人を含み自民党から共産党まで140人の国会議員が名を連ねている。私はいつの日にか、国会で国連世界警察軍の創設が決議されることを願っている。

 ところで、冒頭にも述べたように、安全保障を即軍備に結びつけるのは間違っている。クラウゼビッツの「戦争論」を待つまでもなく、戦争は政治、外交の行きづまりの上にあるのだから、平和は本来外交によって確保しなければならないのである。ところが、日本外交は、アメリカの占領政策とその延長である世界戦略の下でしか、選択肢を持ちえないで70年を過ごしてきた。国民の多くもそれに馴らされて対米協調、米国追随は当然或いはやむをえないと考えているようだ。それが、多くの国民から、「国とは何か」という根本的な命題、それを「国のあり方」に具現化していく力を奪ってしまったのではないか。国民の総体的な力は政治そのものであり、政治家に反映される。だから、現在の日本には、アジア・太平洋戦争のさなかに、「小日本主義」を唱えた石橋湛山のような政治家が見当たらないのは当然かもしれない。
 今年のノーベル平和賞候補に「日本国憲法第9条」をという運動があった。そうなれば安倍政権の暴走に歯止めをかける一石にはなるかもしれないと思いながらも、それはありえないだろうと考えていた。マララさんが子供たちの将来のために「いのち」をかけて戦っているのに比べて、どこか他力本願なのである。「平和」とは「いのち」をまもるたえざる「たたかい」のプロセスであるという坂本義和さんの言葉を忘れてはならないと思う。

 さて、第47回衆議院議員選挙は、予測されたように”棄権者が未来を決める総選挙“となった。戦後最低の投票率によって、自民党は絶対得票率25%で、60%を超える議席を獲得した。死に票の多い小選挙区比例代表制という選挙制度と、違憲状態という一票の格差でこういう結果になるのである。投票に行かないヤツが悪いという論評があるが、自分の一票がみすみす死に票になるのがわかっていて投票に行けというのは無理があるのではないか。私は投票には行ったが、小選挙区については白票を投じ、一人一票に賛成しなかった二人の最高裁判事に不信任票を投じて帰ってきた。選挙制度は民主主義の基盤である。民意をできるだけ正確に反省する制度に改めるべきだろう。そうしなければ、結果のいかんにかかわらず政治不信が募る。香港の若者たちが身をもってそれを教えてくれたではないか。

 私自身は、問題もあるが、全国一区の比例代表制が最も正確に民意を反映すると考えている。何も変わらなかったように見える今度の選挙結果でも、比例区の得票数を見ると、小選挙区の獲得議席数から想定されるものとは異なる有権者の意識の一端が垣間見える。メディアの議席予想では半減と見られていた維新の党が、ほぼ選挙前の議席数を維持できたのは、比例区の得票数が伸びたからであった。このことは、予想以上の議席を得た共産党についてもいえる。一方、壊滅的な打撃を受けた次世代の党は、比例区で惨敗した。選挙戦では維新の党の江田代表が”既得権益の打破“、共産党の志位委員長が”安倍政権2年間の総括“を最大の争点として掲げたのに対して、次世代の党の平沼代表が”自主憲法の制定、集団的自衛権の積極的活用“を訴えていたこと考えれば、投票率の低さと合わせて、選挙結果は必ずしも有権者の民意を正確に反映しているとはいえず、圧勝と言われる安倍政権の基盤が必ずしも盤石ではないことを示しているように私には思われる。(M)
 
< 参考書籍等 >
人間と国家(上・下): 坂本義和  岩波新書
「平和への課題(Agenda for Peace)」:ブートロス・ブートロス・ガリ 
日本新党綱領 : 細川護煕  文芸春秋1992年6月号
日本改造計画 : 小沢一郎 講談社
国連日本駐留部隊の構想: 今井康博  牧歌舎 
高橋源一郎 : 「通販生活」 2010年秋冬号  カタログハウス社
島田雅彦 : 「文芸春秋」 2011年4月特別号 
戦後史の正体: 孫崎亨  創元社
国連とアメリカ: 最上敏樹  岩波新書
* 次回は 1月3日(土)に <人権大国への道 終章> 6.50年後の日本を想う
  を投稿する予定です。