Archive for 11月 3rd, 2010

「テレビドラマ」
(1)ドラマでは、NHK 朝の「テレビ小説」が視聴率では強いようです。私は文学の専門家ではありませんから、素人の見方に過ぎませんが、前回の「ゲゲゲ」の最後のほうは、話を引きずり過ぎたように思います。二人の娘が学校に通うようになり、いろいろ悩むようになるわけですが、肝心な主人公の漫画家、水木しげるが、苦労のあげくやっと成功への道が見えてきたあたりで終わったほうがよかったように思います。話を伸ばすと、当然ながら、年寄りには死んでもらうことになり、さらに話がややこしくなりがちです。

(2)私は、ハッピー・エンド(happy ending)で終わるべきだと言うつもりはありません。話のクライマックスを際立たせたほうがよいと思っているだけです。話が長くて複雑と言えば、橋田寿賀子の「渡る世間は鬼ばかり」(TBS 系)は好例です。これは長寿番組(断続的に20 年間)ですが、この 10月から始まったシリーズが最終のものだそうです。料亭の主人公の男性に5人の娘がいて、それぞれが各自の家庭でトラブルに巻き込まれたり、恋人が出来たり別れたり、と一見ありふれた展開です。しかも、あまり長く続けるから、出演していた俳優が亡くなって、話を変えたり、代役を立てたりで、そんな筋書きのほうが、よほどドラマチックです。

(4)“長い”と言えば、このドラマの題名も長くて、“ワタオニ”なんていう略称を使っていますが、感心できません。せめて「渡る世間」とか「鬼ばかり」でいいではないでしょうか。もっとも、若い世代には、「渡る世間に鬼はない」という元の諺を知らない人もいるので、橋田流の皮肉も意味をなさないことになります。ここでも“フィーリング”ですべてを処理する人たちの勝ちということになりそうです。ただし、この作家には、あらゆる年代、時代を越えて、ルポライターのように時代を読む炯眼があって、敬服します。11月3日夜から始まる「99 年の愛」(TBS 系)は、99年前にアメリカに渡った日系アメリカ人の苦悩と愛を描いた作品のようで期待しています。

(5)犯罪者を探す「推理もの」が盛んですが、どれも“ワンパターン”であまり見る気がしません。しかも、殺人場面だけはいやにリアルで、残酷さを強調します。犯罪者の心理的な葛藤を描く面では新鮮味がないわけではありませんが、犯人を追いつめて白状させる場面は、たいてい崖っ縁とか、ビルの屋上というのは工夫が足りません。

(6)最後のクレジットには、「このドラマはフィクションです」と断ってありますが、必要でしょうか。もっとも、「ゲゲゲの女房」では、実在しない人物も登場していました。したがって、あのような作品では、“フィクション”と“ノンフィクション”の区別は微妙ですから、こんな説明では不十分です。もっと分かりやすくなるように知恵を絞ってもらいたいものです。(この回終り)

リスニングに関して、良い言語学習者(good language learners)がどんなスキルまたはストラテジーを用いるかをしらべた専門的研究がいくつかあります。それらの中から特に重要と思われるものを4点ほど取り上げます。

 最初は動機づけ(motivation)の問題です。リスニングの学習に動機づけが問題となるのは意外だと感じる方があるかもしれません。しかし私たちが人の話を聴くのには目的があるはずです。家で祖母の昔話に耳を傾ける目的は何でしょうか。学校で先生の話を注意深く聴くのは何のためでしょうか。政治家の街頭演説に立ち止まって耳をすますのは何のためでしょうか。人によって目的は違うかもしれません。しかし同じ人でも目的によって聞き方や聴き方が違ってくるのではないでしょうか。ある場合にはただ時間つぶしに、あるいは楽しむために聞くこともあるでしょう。この場合は「聴く」よりも、より広義の「聞く」に近いでしょう。意識の働きはあまり活発ではありません。音を聞きながら別のことを考えることもあります。「リスニング」は聞こえてくる音声に注意(attention)をはらうことです。ですから、誰かにそうするように命じられたからというような、他律的な目的で聴く(または聞く)場合にはあまり身が入らないのが普通です。そうではなくて、何の目的で聴くのかを考え、自らの意志で聴くことを選択し、熱心に耳を傾けて聴くのが学習に役立つリスニングです。そういう自律的なリスニングをすると、理解できた箇所とそうでない箇所が明確になり、メタ認知的な脳の働きが活発となり、自分の学習の進歩が自覚できるようになります。それが次の学習への動機づけとなるというわけです。

 次に、上の自律的リスニングと関連しますが、良いリスナーは話者の話を集中して聴きます。リスニングという行為は、聞こえてくる音声から、そこに含まれるメッセージを抽出する(そのために言語形式と意味との関係を短時間に処理する)というプロセスは非常に複雑で熟練を必要とする作業です。したがって高度な集中(concentration)を必要とします。しかし、まだ熟達していない言語の聴き取りに集中を保つことはとても難しいことです。たとえば、聴いている途中で知らない単語が出てきたりすると、それにこだわって集中が途切れます。すると脳の中の処理作業が混乱します。良いリスナーは、そのようなときに注意を別の方向にむける(たとえば音声の区切りやイントネーションに注意をシフトする)などして、集中を回復する努力をすることが分かっています。これはリスニングで集中を保つための大切なスキルです。

 次に、良いリスナーは概して ‘empathy’(感情移入、共感)の能力にすぐれていると言われます。そういう人は、相手の経験をあたかも自分自身の経験であるかのように感じることのできる人です。そして相手がなぜそういう話を伝えたいと思っているかを理解します。これは特に一対一のコミュニケーション場面で大切なことですが、教室での先生と生徒たちの学習場面にもあてはまるのではないでしょうか。このことは母語でのコミュニケーション場面を考えればよく理解できることです。赤ちゃんはラジオやテレビやテープの音声だけでは母語を習得することができないと言われています。その大きな理由は empathy の能力が育たないからです。相手が機械では言語能力は育たないのです。成人の自学自習ではCDやDVDを利用することが多いと思いますが、そのような場合にも、その声の主への感情移入(たとえば自分がレポーターになったつもりになるなど)が必要です。ただ機械と向き合って話し手のことを少しも考えずに聴くというのでは、実際的なコミュニケーションに役立つリスニングにはならないでしょう。

 リスニング学習の最後に「作動記憶」(working memory)のことにちょっと触れておきます。作動記憶とは短期記憶のことですが、長期記憶に必要な情報を入れる前に、聞こえてくる音声のチャンク(ひとかたまり)をごく短時間保持して、先ほど述べた言語処理(音声の言語形式を処理して必要なメッセージを抽出する作業)を行なう記憶スペースのことです。ここで保持される情報量は最大7チャンクとされていますが、未熟な言語ではチャンクの大きさが非常に限られ、慣れるに従ってより大きなチャンクを扱うことができるようになります。良いリスナーは、一度に処理することができるチャンクが大きいことが知られています。チャンクを大きくするためのトレイニングとしては、聴き取ったチャンクを反復する「リピーティング」や、聴き取ったチャンクを書き取る「ディクテーション」が有効とされています。そして慣れるに従って、チャンクを次第に大きくしていきます。ぜひためしてみてください。<リスニングの項おわり>