Archive for 11月 5th, 2010

日本人を対象とした英語学習に関する調査は、ほとんど常に、「英語をもっと話せるようになりたい」という願望が非常に強いことを示しています。1980年代に大学英語教育学会が行なった大学生を対象とした大規模な調査でもそうでした。日本の大学生の多くは、高校まで少なくとも6年の英語学習の後に、他の言語技能のどれよりもスピーキングの技能を伸ばしたいと答えたのです。日本が経済成長のただ中にあった時期の調査なので、その後いくぶん変化したかもしれませんが、現在でも大学生の英語スピーキングへの願望は依然として強いのではないでしょうか。ところが、同時期に行なった大学教員を対象とした調査では、学生に重点的に教えたい技能はリーディングであると答えた教員が約半数を占めました。これは興味ある現象です。学生はスピーキングをやりたい、だが教員はリーディングを教えたい。なぜ学生と教員の間にそのような食い違いが生じるのでしょうか。その理由はよく考えてみる必要がありそうです。ここに日本の英語教育の問題点の一つが集約されていると思えるからです。

 英語を学んでそれが話せるようになりたいと思うのは当然のことです。それにもかかわらず、大学生たちは高校までにスピーキングの技能を伸ばすことができなかったという思いが強いのです。6年間も英語を学んだのに、思うように話せないではないか!学生たちのこの思いは理解できます。なぜ日本では学習者の願望をかなえるような教育ができないのでしょうか。中学校では、私の知るところ、オーラル中心の授業がかなり広く行なわれるようになりました。しかし高校はそうではありません。オーラル中心の授業は例外的であって、主流はいまだに伝統的な訳読文法式授業なのです。教科書の英文を翻訳して文法事項を説明するという例のやつです。このやり方が衰退しない理由はいくつかあります。第1にこれが明治以来の伝統的な英語教授法になっていて、多くの教員がこのやり方をもっとも得意としており、これが大学受験にいちばん役に立つと信じていること。第2に、英語の専門家の中にこの伝統的教授法が日本人に合った効率的な英語学習法だと弁護する人が少なからず存在し、この教授法を愛する高校教師たちを元気づけていること。第3に、高校はいまだに40人学級で、教室環境がスピーキングの指導に適していないこと。第4に指導する教師の多くが英語を話すことを不得意としており、スピーキングの指導の経験がないこと。ざっと挙げてもこれだけあります。この状況は大学の英語教育にも引き継がれ、大学教員の多くもスピーキングの指導には熱心でなく、大学では専門書が読めるだけのリーディング力をつけたいということになるわけです。

 急いで付け加えますが、筆者はここで伝統的訳読文法式教授法を全面的に否定しようとするのではありません。筆者も学生時代には(大部分が戦中・戦後の混乱期でしたが)主としてその方法で英語を学びました。問題は、その教授法ではスピーキングの技能はまったく発達しないということです。生徒のするおもなことは、ただ机に座って教科書のテキストの中の単語を辞書でしらべ、知っている文法知識を動員してセンテンスの構造を分析して意味が通じるような訳文をこしらえ、テキストに関連した先生の説明を聞き、先生やテープのあとについて音読することです。先生の英語を聴いたり、テキストの英文を読んだりすることはしますが、英語を発音するのは音読する時だけで、スピーキングをする機会は全然ありません。もしそういう形態の授業だけが高校や大学のクラスで今も行なわれているとしたら、これは実に奇妙な光景です。この言語学習法は、すでに古語となった2000年前に書かれた聖書ギリシャ語や、古代・中世のローマ時代のラテン語を学んでいるのと同じです。あまりにも時代遅れだと言わざるをえません。

 ところで、人々が「英語を話せるようになりたい」と言うとき、それが「日常会話ができるようになりたい」という意味であるならば、それは通常の学校のクラスでは期待できません。日常会話の学習は、英語が日常的に話される土地に行くのが最良です。学校のクラスではスピーキングは教えられますが日常会話は教えられません。「スピーキング=日常会話」ではないのです。「日常会話」とは何でしょうか。また、一般に「会話」とは何でしょうか。伝えたい内容があれば、どんなことでも会話になりうるのではありませんか。通常の英語クラスのスピーキングでは、どんなトピックでも取り上げることが可能です。そこで問題となるのは、どんなトピックを選び、それをどう話すかです。こんどの高等学校学習指導要領では「英語会話」という科目が新設されましたが、私の想像では、その科目で教えられるのは日常会話などではなくて、オーラル・コミュニケーションのストラテジーや一般的な作法ではないかと思います。(To be continued.)