Archive for 11月 9th, 2011

英語学習の心理学(2)

Author: 土屋澄男

前回に述べたような、好ましくない現代の学習環境の中で、学習者はどのように自分の学習を進めて行ったらよいのでしょうか。これは非常に難しい問題ですが、結局は学習者が一人ひとり自分のこととして真剣に考えていかなければならない問題です。もちろん、学校の先生方の中には個々の生徒の直面する問題を真面目に考えている人もいます。しかしそういう先生方も、教科の指導だけでなく、父母との対応やいろいろな公務に忙しく(最近の学校における公務と称する雑用はすさまじいもののようです)、しかも40人もの生徒がいるクラスを5つも担当するとなると、すべての生徒に充分な目を注ぐことはほとんど不可能になります。有能な医師が次々に運ばれてくる重症患者を優先し、そうでない患者を後回しにするのに似て、おとなしく授業に出ている普通の生徒はなんとかうまくやっていると思いがちです。しかも、最近は教育をビジネスと同じように効率を優先させる思想が蔓延してくると、学校も教師もプロセスより結果を気にするようになります。そういうわけで、学習者は自らの学習を学校や教師に全面的に頼ることができなくなっています。

 そこで必要になってくるのは自律の精神です。自律とは、以前に述べたことがありますが、簡単にまとめると次のようになります。(1)自分自身の明確な学習目標をもち、その目標を達成するために有効なステップを組み立てることができること、(2)それぞれの学習場面で適切なストラテジーを選択し、それらを有機的に組み合わせて使用することができること、(3)学習のプロセスで、自分が何を理解し何を理解していないか、また、何ができて何ができないかを、正しくモニターできること、(4)自分の学習結果を正しく評価し、それをフィードバックして次の学習に活かすことができること、の4つです。

 以上のことを英語の基礎段階の学習に当てはめて考えてみましょう。まず基礎段階ではどのような目標を立てたらよいでしょうか。カナダ・オンタリオ州のフランス語基礎レベルの到達目標を見てみましょう。これは中等学校修了時までの累積授業時間が1,200時間に達する学習者の到達可能なレベルです。日本の学習指導要領よりも具体的に分かりやすく書かれているので参考になります。

(ァ)フランス語の文法・発音・語彙に関する基本的知識を獲得すること。具体的には、約100個の基本文型と3,000~5,000の語彙が運用できること。(イ)簡単な会話に参加できること。ウ)関心のある分野の標準的な文献が辞書を引きながら読めること。(エ)将来、必要が生ずれば再び学習を開始できること。(オ)フランス語系カナダ人の文化ならびに考え方が基本的に理解できていること。(伊東治己著『カナダのバイリンガル教育』渓水社 p.88)

 これら基礎レベルの目標は、フランス語を英語に置きかえ、文化に関する(オ)の項目を除くと、日本の小学校5年から高校修了時までの8年間の英語学習の目標に置き換えることができます。すなわち、(ァ)英語の文法・発音・語彙に関する基本的知識を獲得し、約100個の基本文型と3,000~5,000の語彙が運用できるようにし、(イ)簡単な会話に参加することができ、(ウ)関心のある分野の標準的な文献が辞書を引きながら読むことができ、(エ)将来、必要が生ずれば再び学習を開始できること、となります。なんと分かりやすい目標でしょうか。ほとんど解説を必要としないほどです。この目標は、そのまま日本の高校修了時までに達成すべき目標と見なすことができます。日本の大学入試センター試験の英語は、ほぼここに述べている基礎レベルの知識と技能を検査しようとしていると言えるでしょう。

 問題は、基礎レベルを達成するのに必要な授業時間と学習時間の確保です。このレベルの習得にはどれくらいの時間が必要でしょうか。オンタリオ州のフランス語基礎レベルは、初等学校4年生から中等学校修了時までの10年間に累積1,200時間の授業が組まれています。日本の小学校5年生から高校修了時までの標準的な英語授業数およそ900~1000時間ですから、カナダのフランス語基礎レベルの時間数には達していません。しかも前回述べたように、カナダ人の英語母語話者のフランス語学習と、日本語を母語とする日本人の英語学習はとでは、その困難度が大きく異なります。英語を母語とするカナダの子どもたちがフランス語の基礎学習に1200時間の授業を必要とするのならば、英語を学ぶ日本人の子どもたちは少なくともその2倍の授業時間、すなわち2400時間を確保する必要があります。現在の学校では、英語の基礎を固めるのに必要な授業時間数の半分にも達していないことになります。この授業の不足分を、学習者はどのようにして補うことができるでしょうか。(To be continued.)