Archive for 12月 1st, 2012

(119)<総選挙の争点-2> 松山薫

③ 財政・金融政策

 日本は、バブル崩壊後、20年に及ぶデフレ・スパイラルの中で。企業収益の悪化→人員整理や賃金の引き下げ→消費の縮小→企業収益の悪化という悪循環が続き、経済成長が止まってGDPは横ばいとなり、GDP第2位の大国というレッテルを中国にとられた。したがって経済の立て直しには、デフレ克服が最大の課題であるという点では、どの政党も一致しているように見える。

 政治がなしうるデフレ克服の手段として財政政策と金融政策がある。財政政策については、民主党の政権公約「決断」では、”コンクリートから人へ“という前回のマニフェストからの流れの中で「経済再生戦略」として、環境、医療、農林漁業、中小企業の4分野での新産業の育成に財源を重点的に配分する方針で、これによって4百万人の雇用を生み出し、10年間、名目3%、実質2%の経済成長を目指すとしているが、具体的な工程表は示していない。一方、自民党は「国土強靭化政策」を提唱し、10年間に200兆円をつぎ込んで、防災を重点に公共事業を実施するとしている。日本維新の会は、政権公約「骨太2013~2016」で、競争体制強化によって年率3%以上の経済成長と2%の物価上昇を図ると約束している。日本未来の党の政策は2日に発表される。

 しかし、日本の財政は国と地方を合わせるとGDPの2倍に迫る1000兆円近くの借金をかかえ、先進国中最悪の火の車であり、財政出動の余地は極めて小さいので、結局金融政策に頼らざるをえなくなる。そこで自民党が考えたのが、公共事業のために建設国債を発行して、それを日本銀行に全部引き受けさせるという方法だ。これによって年3%の経済成長を目指すという。安倍総裁は「輪転機をぐるぐる回して無制限に日銀にお札を刷ってもらう」そのためには日銀法を改正するとまで発言した。まずインフレ期待感を呼び起こし、インフレになる前にという思惑で消費や投資を誘発するというのである。もっとも、日銀の直接引き受けについてはマスコミの誤報だとしている。これに対して民主党は、財政規律を破壊し、インフレの監視役である中央銀行の独立性を損なう“禁じ手”だと批判し、日銀総裁も「先進国では最もしてはならない政策の第1となっている」と反撥している。自民党の強力な応援団である経団連の米倉会長でさえ、「大胆と言うよりむしろ無鉄砲」と言い切った。一方、民主党も日銀の政策決定会合に前原経済・財政政策担当相が乗り込んで、金融緩和を迫っている有様だ。

 景気対策について、他の野党の多くは、民・自・公の三党で決めた消費税の増税は、景気を冷やし、税収を減らすだけだと反対や廃止を要求している。共産党は、富裕層に対する軽減税率の廃止によって税収を増やし、260兆円に達する大企業の内部留保を賃金引き上げや下請け中小企業の単価引き上げに回せば、景気はよくなるとしている。

 私は経済の専門家ではないので、細かな点はコメントできないが、経済成長年率2%とか3%とか言うのは、選挙向けのパフォーマンスではないか。ヨーロッパの信用不安が収まらず、アメリカは財政の崖に直面し、中国が成長率を下方修正する中で、これまで10年間の平均成長率1%以下の日本の成長率が3%になるとは俄かには信じられない。OECDは、来年度の日本の成長率を0.7%と予想している。

 金融政策によるインフレ誘導について経済学者やエコノミストの意見は分かれているが、私は、インフレは一旦火がつけばなかなか止められないことを敗戦後に体験しているし、なべ底不況の失業時代には、賃金は上がらないのに、物価はじわじわ上昇するスタグフレーションの恐怖も感じたので懐疑的だ。我々の世代は戦後インフレの恐ろしさを身をもって知った。太平洋戦争の戦費調達のために刷りまくった札は、敗戦で紙切れとなり、物価は100倍近く高騰した。私が教師になった時には、月給が物価騰貴に追いつかず、年に2回ベースアップがあった。北海道で新制中学校の教師をしていた家内の初任給は3千円ほどで、これではゴム長一足しか買えなかったという。政府は物価上昇にあわせて紙幣を刷りまくった挙句、とうとう行き詰まって、全ての通貨を回収し、新しい札を印刷して、家族の人数に応じて配ることになった。いわゆる新円切り替えである。それでもインフレは収まらず結局占領軍によるドッジ・ラインという超法規措置で収束した。そんな遠い昔のことでなくても、ソビエト崩壊後のロシアのインフレで、特に年金生活の高齢者が食糧も買えなくなり、町に行き倒れが続出した光景を思い出せばインフレの恐ろしさが分るだろう。
 安倍総裁の金融大緩和発言に市場が直ぐ反応し、為替相場は円安に振れ、株価は連日上昇した。これにはしゃぐこの政治家の姿をTVで見て、「株価だとか為替だとかいう問題じゃないだろう。一生懸命働いている者が報いられる政治をしてもらいたいね」と語った町工場の親父さんの言葉が強く印象に残った。営々として築いて来た富を、マネーゲームで一瞬にして奪い去ってしまう金融資本主義という化け物の徘徊に、庶民の厳しい眼が向けられ始めているのだ。
 私見としては、資本主義経済そのものが行き詰まっていると見ているので、従来的な財政・金融政策では本当の経済再建は出来ないだろうと思う。経済は誰のためにあるのかという根源的な問いに向き合い、企業があって人間の生活があるという発想をかえる必要がある。人間の生活にはどんな経済が必要かを長期的な展望を持って考える時が来ていると思う。

④ 安全保障・外交政策

 自民党はもともと憲法改正を党是としており、その中心が憲法前文と第9条であることは明らかである。安倍内閣は、改正の第1歩として「憲法の改正手続きに関する法律」いわゆる「国民投票法」を成立させたが、この法律の付則には、有権者の年齢を18歳以上とするなど、現行法との整合をはからねばならない問題点があり、施行を待って国会の憲法調査特別委員会で審議されることになっていたが、成立の3ヵ月後に安倍首相が突然辞任し、憲法改正の動きは頓挫した。この法律には公明党が賛成、民社党は、メディア規制の削除、国民投票を憲法に限らず他の国政問題にも拡大するよう修正を要求、共産、社民の両党は反対した。
 それから5年、自民党総裁に復帰した安倍元首相が、改正の目玉として、より鮮明に打ち出したのが9条の改正による、国防軍の創設である。自衛隊とどこが違うのかという質問に、安倍総裁は、交戦規定を定めたジュネーブ条約の適用を受けえるためだ説明している。具体的に言えば、自衛隊員が戦争で捕虜になった時に、PWつまり戦時捕虜としての扱いを受けられるようにするためだという。つまり戦争を前提としているわけである。日本本維新の会は石原代表の年来の主張である自主憲法の制定と集団自衛権の行使を主張している。

 これに対して民主党の野田首相は、憲法改正の論議の必要性は否定せず、改正には十分な国民的議論が必要であるとしている。第3極の中心になると見られる日本維新の会の橋本代表代
行は、維新八策のなかで、憲法改正の発議は現行の衆参両院の3分の1を2分の1とし、第九条の存廃は国民投票で決めると主張している。維新八策では、参議院は廃止し衆議院議員定数の半減をはかるとしているから、憲法改正は現在よりずっと簡単になる。どうやら、政権に近い有力政党は、憲法改正の議論を進め、戦後の日本の体制を根本的に変える方向へ急速に動き出しているようにみえる。
 特に、第三極の中心である日本維新の会の石原代表は、戦後日本政府の基本方針であり、国会決議を経た国是でもある非核3原則を否定し、核武装の可能性に言及した。彼が自民党最右翼の青嵐会時代から核武装論者であることは隠れもない事実であるが、機を見るに敏なこの政治家は、尖閣、竹島をめぐる国民感情の高まりを背景に、「少なくとも、核武装のシュミレーションくらいやったらいいだろう。それが抑止力になる。」と発言した。もっとも、国会議員の核武装論者は彼だけではない。また、いわゆる有識者の中にも、安全保障上の配慮から、
最新鋭の原発を数基残し、原子力に関する最新技術を維持して、直ぐに核兵器を作れるようにしておくべきだという意見もある(中谷巌:資本主義以後の世界)

 戦後の日本は平和憲法の下で、軍事力ではなく外交の力で国際紛争を解決する道を選んだ。その基本方針として1.国連中心 2.自由諸国との協調 3.アジアの一員を外交3原則としたのだが、自民党一党支配の間に、いつの間にか軍事同盟である日米同盟基軸にか変わってしまった。政権交代した民主党の鳩山首相は、東アジア共同体の推進を打ち出してアメリカのご機嫌を損じ、自民党は戦後営々として築き上げてきた日米の信頼関係を、普天間基地の移設問題で民主党がずたずたにしてしまったと非難しているが、裏を返せば、日米同盟機軸外交によって、事実上重要問題ではアメリカに従属してきた証左である。小泉内閣がPKO法で禁じられている紛争地域のイランへ自衛隊を送る決定をした時、民放の番組で、反対する野党の議員達に向かって、浜田幸一が、日本はアメリカのポチなのだから、アメリカの要請は断れないのだ。よく憶えておけ!と怒鳴り、議員たちがシュンとしてしまった場面が記憶に残る。

 アメリカのブレジンスキー元国務長官が「ひよわな花日本」の中で予言した十数項目のうちで、唯ひとつだけ実現していなかった日本の核武装が公然と語られるようになったのである。
核武装についての私の考えは、今年3月のこのブログ(TTPと自主防衛)で述べた。また、日本の安全保障については、国連中心主義、特に、自衛隊の国連軍化をこの50年間主張している。国連中心を貫くならこれ以外に選択肢はない。

 自民党は政権公約を「日本を取り戻す」と題しているが、私は戦後体制をかえると言うのなら、その前にやるべきことがあると思う。それは、昭和の戦争の総括と戦争責任の明確化である。日本人はそれを極東裁判という他力に依存し、自らの手で行なわなかった。そこが同じ敗戦国のドイツと異なる。ドイツが戦後、歴史的宿敵フランスと和解し、ヨーロッパ連合の中心として自他共に認められているのはその身を切る営為があったからだ。それは日本国民にとっても、人間としての自信を取り戻すための必須の条件であると私は思っている。(M)