Archive for 3月 16th, 2013

(134) 北の核—3

< 運搬手段と核戦略の変遷 >

 核兵器の運搬手段 (nuclear delivery vehicle) は、最初は戦略爆撃機(strategic bomber)であった。廣島原爆(Little Boy)が4トン、長崎原爆(Fat Man)が5トン弱 もあったので、大型の爆撃機が使用された。つまり、B-29やMirage-4が原爆を抱いて四六時中上空に待機していたのである。これでは兵器として敵の攻撃に対して極めて脆弱であるうえ、万一自国や友好国の領土に墜落した場合深刻な被害が予想される。事実、1968年には水爆4個を搭載したB-52がグリーンランドに墜落してそのうち一個が海中に沈み、未だにどうなっているかわからないという事件が起きている。

 そこでミサイルが開発された。原形はナチス・ドイツがロンドン攻撃に使用したV2ロケットである。米ソともに、戦後いち早く多数のV2ロケットを押収し、技術者を連行して、ロケットの開発を進めた。つまり、基本構造的にはミサイルはロッケットと同じものなのである。

 ミサイルには、飛翔距離、使用目的、誘導方式などによっていろいろな種類がるが、核戦略に大きな影響を与えたのは先ず、液体燃料から固形燃料への転換である。V2ロケットのブー
スターが液体燃料であったため、初期のミサイルは液体燃料を使用していたが、液体燃料は、ミサイルを地上の発射台に直立させたまま注入する上、注入に時間がかかるので、その間に敵
襲を受けやすい。このため固体燃料ミサイルが開発され、大陸間弾道弾(ICBM)としては、1962年にアメリカがミニットマンを実戦配備した。現在はほとんど固体燃料が使われている。
  
 また、ミサイルをどのように目標に誘導するかについては、いくつかの方式がある。
ICBM( Intercontinental Ballistic Missile )は文字どおりballを投げた時のように慣性によって放物線を描いて飛ぶ。この場合一旦大気圏外に出て再び大気圏内へ猛烈な速度で再突入するから、核弾頭を摩擦熱からまもるカプセルの開発が必要になる。その点が衛星を発射した後は燃え尽きるロケットと異なる。さらに、巡航ミサイル(cruising missile)・トマホークなどのように、ミサイルに組み込まれた電子機器の指示に従って目標まで飛ぶものがある。1万キロ以上を慣性誘導で飛ぶICBMではどうしても目標への誤差が生ずるし、電子誘導は長距離には向かない。

 そこで考えられたのが、潜水艦に電子誘導ミサイルを積んで相手国に接近し、攻撃する方法である。在来型の潜水艦は、ディーゼルエンジンへの空気の補給のため時々海上に浮上しなければならず、その時に攻撃される脆弱性があったが、小型原子炉を積んだ原子力潜水艦であれば、潜水航続距離が飛躍的に伸びる。1958年、アメリカの第一号原潜”ノーチラス号“の北極直下潜航横断は、核戦略に大きな変化をもたらすことになった。長期間の隠密行動が可能になり、やがて、巡航ミサイル搭載のポラリス潜水艦が生まれた。

 これらの核攻撃に対して、防御する側は、まず先制攻撃(preemptive attack)を考える。
現在でも中国を除き、先制核攻撃を否定している核保有国はない。そこで、先制攻撃を受けても、核兵器の一部を温存し、第2撃で相手を壊滅させる抑止力を持とうとする、いわゆる相互
確証破壊(mutual assured destruction)と名づけられた恐怖の均衡戦略である。

 核兵器温存のために、トラクターや列車にミサイルを乗せた移動基地や、地下基地が建設され、さらに、敵ミサイルの襲撃をいち早く探知し、これを空中で打ち落とすABM(Anti-Ballistic
Missile Missile)が生まれた。この防御網を打ち破るために開発されたのが、多弾頭(multi-warhead)ミサイルである。ICBMの弾頭に数発の小型核爆弾を搭載し、途中で分散させて別々の目標を攻撃させる。

 こうなると、まさに“いたちごっこ”である。軍備競争は、どんな新兵器を開発しても、相手がそれを上回る兵器を持てば無用の長物となるから、競争はとめどなく拡大する宿命を持つ。核兵器、核戦略の消長はまさにそれを物語る。核戦略という机上論で膨大な人的物的資源や国の財源をつぎ込み、産軍複合体を肥大させながら、人類共滅への道を進んでいるのでな
ければ幸いである。(M)