Archive for 5月 27th, 2011

英語文法の学習(8)

Author: 土屋澄男

これまで、英文を理解したり産出したりするときに、学習者がまず知らなくてはならない語の連なり(コロケーション)について見てきました。しかしこれは英語の文法の入り口にすぎません。いろいろな語の連なりを聞いたり、読んだり、自分で使ったりして、英語という言語の語の連ね方を学んでいくことが、英語習得の最初の段階であり、そのような経験を通して、言葉の連なりの規則というようなものを身につけていく、ということが大切なわけです。

 そこで今回は、言語の学習者にとって文法とは何なのか、文法は本当に必要なものなのか、必要だとすればどんな文法が役に立つのか、などについて少し考えてみようと思います。不思議なことに、私たちは母語である日本語を話すときに、文法などほとんど意識することはありません。書くときには、編集段階で語法や文法をチェックすることがあります。自分の書いたものを読み返して、語句をより適切と思われるものに入れ替えたり、「れる・られる」の使い方をチェックしたり、助詞の「は」を「が」に変えたりします。しかし話すときには、ほとんど無意識的にそういう文法的な選択がなされています。「あの方は山田さんです」と言うか、「あの方が山田さんです」と言うか、瞬時に判断します。話した後で(または途中で)、文法の誤りに気がついて訂正することはありますが、あまり頻繁に行なうと話が途切れて面白くありません。昨年亡くなった作家・井上ひさしの講演をまとめた『日本語教室』(新潮新書)という本があります。その中で彼は言っています。「私たちは日本語の文法を勉強する必要はないのです。無意識のうちにいつのまにか文法を身につけていますから」と。もう少し正確に言うと、「私たちは日本語の文法をいつのまにか身につけていて、それを無意識のうちに使用しているのです」ということになります。言葉の使い方のルールは、子どものころの言語体験を通して、いつのまにか身につけてしまっています。そのプロセスはおとなになってから思い出すことはできませんが、すべてが無意識のうちになされたわけではないでしょう。子どもなりに意識を働かせて、努力して学んだこともたくさんあるでしょう。しかしその複雑なルールを、私たちは今ほとんど無意識的に使っているのです。私たちの母語の文法は、そういう無意識的に使用される知識の総体です。それは言語の研究者が「暗黙の知識」(implicit knowledge)と呼んでいるものです。日本で生まれて日本語を習得した人たちは、みな日本語についてそのような知識を所有しています。

 ここで重要なことは、その文法知識が暗黙の知識であることです。一般の人たちは自分の使用している言語について、いちいち説明できるものではありません。「象は鼻が長い」では、象と鼻のどちらが主語でしょうか。そういう議論はけっこう面白いものですが、言葉を正しく使うこととはあまり関係がありません。日本語の文法では時枝文法とか橋本文法とかがよく知られていますが、厳密に言うと、そういう文法は学者の数だけあります。そしてそのようにして整理され組織された文法知識は、暗黙の知識に対して、「明示的な知識」(explicit knowledge)と呼ばれます。しかし忘れてはならないのは、言葉を用いて説明することのできる明示的な知識は、どの言語の場合もそうですが、母語話者が持っている暗黙の知識のほんの一部にすぎないことです。母語話者の持っている言葉についての暗黙の知識は膨大ですから、そのすべてを説明し尽くすことはほとんど不可能なのです。

 私たちが外国語を学ぶ場合には、その言語の母語話者と同じような暗黙の知識を獲得することは容易ではありません。ですから、明示的な知識として確立している規則を学ぶことは、学習の効率を挙げるのに役立ちます。英語の原形動詞の語尾に付く-sは「3単現」の規則によって説明できるのですから、その説明を聞いてなるほどと思えば、それを自分の力で発見するよりもずっと手っ取り早いと言えます。ただし、その規則の説明を聞いて納得したとしても、それが直ちに技能に結びつくわけではありません。知識と技能は一体ではないのです。技能の獲得には練習と経験が必要です。何度も間違え、これはいけないと反省しながら経験を積む。技能はすべてそうして身につけるものです。しかも言語技能につながる知識の多くは暗黙の知識です。なぜなら、言葉を話すときには、その形式に関する規則は無意識的に使用できるものだけが役立つからです。話すときには話の内容に意識が集中しているので、話しながら3単現の規則を同時に意識することはないのです。以上の考察から、外国語の学習者が得る教訓がいくつかあります。その一つは、文法の知識は必要だけれども、明示的な文法知識だけでは言葉を使えるようにはならないということです。(To be continued.)