Archive for 6月 1st, 2011

「映像画面と素人の勘と考え」
(1)大震災の悲惨な画面を見なれた後でも、北海道の列車事故はぎょっとするような惨状でした。死者が出なかったのが奇跡と思われるような状況ですが、真相の究明はまだこれからだそうです。しかし、何両もの客車を引っ張っている機関車の運転士が、後部の車両が脱線しても、何も感じないのでしょうか、と素人の私は思ってしまいます。車掌が異常を感じて、司令部へ連絡しても、「そのまま様子を見ろ」と言われたとの報道もありました。これも信じられない過失ですが、私は運転士の鈍感さが一番の問題だと思います。

(2)バブル景気が衰退した1990 年頃から、日本には「不注意による事故」が急激に増えてきました。工事現場のクレーンが倒れたり、トレーラーが道路で横転したりといった事故が続きました。私は拙著の中で、次のように述べています。「一家4人を次々に殺した19歳の少年、中学1年の妹を殺害した16歳の男子高校生など、残忍な犯罪が後を絶たない。しかも、犯人は殺人者というにはあまりにも若すぎる年代である(後略)」『教育・英語・LL—考え方と実践』(リーベル出版、1995)。この記事を書いたのは書物の出版よりも古く、1984年12月ですから、もう30年くらい前から、日本の“安全神話”は崩壊していたのです。

(3)私が何を言いたいかと申しますと、そういう危機を迎えていた日本人が、大震災をきっかけに元へ戻ったかというと、決してそんなことはない、ということです。今度の大災害の被災者たちは、確かに我慢強くて、かなり自力で復興へと歩み始めています。それは海外でも評判になりました。しかし、東電を始め、政治家たちのうろたえぶりは、目にあまるものがあります。日本人の性格破壊は、彼らに如実に現れています。

(4)私が日本の指導者だったら、毎日、朝のテレビ番組を2時間ほど見るでしょう。各局とも特ダネを探して、あまりマスコミで報道されていない場面を取材しています。したがって、「そうか、そういう問題もあるのか」と気付いたら、部下に命じて確認をさせます。そうすれば、現場に行かなくても、仮設住宅の建築上の問題や、原子力発電継続の困難さなどが理解できるはずです。毎日のラジオ放送を聞くだけでも、いかに不注意による交通事故が多発しているかが、わかります。

(5)したがって、鳩山元首相のように、「二酸化炭素25パーセント削減」などと海外に約束できないはずですし、風力発電やソーラー発電にどういう問題点があるかも分かるはずですから、「20パーセントの実現を目指す」などとも軽々には言えないはずです。管首相は、何でも自分の手柄にしようとして、思い付きを述べる悪いくせがあります。一国の首相がやるべきことは、自己の保身ではなく、国民の安全を守ることだといった、当たり前のことを言わなければならないのは、誠に“悲惨”なことです。(この回終り)