Archive for 6月 8th, 2011

英語文法の学習(10)

Author: 土屋澄男

自分が学んで知った文法規則をどのように自動化して自在に使える技能として身につけることができるか、そしてそれは本当に可能なのか——これは英語学習者のぜひ知りたいところです。実のところ、この問題をめぐって、第2言語習得や外国語学習の研究者の間でこれまで多くの議論がなされてきました。しかしそのメカニズムについての説明は、すべての人を納得させるまでには至っていないようです。研究者にとっても、これは非常に難しい問題なのです。しかし大体の方向性は見えてきています。そのことは、学習者にとっても、知っていて有益かもしれません。

 まず「自動化」(automatization)がどういうプロセスなのかを見てみましょう。自動化はほとんどすべてのスキル(技能)の獲得に見られる現象です。スキルというのは単に知的な活動だけでなく、身体的または運動的活動でもあります。物づくりや楽器の演奏を思い浮かべてみるとよいかもしれません。言葉の使用もスキル獲得の一種です。それは高度に知的な活動であるとともに、言葉を音声として表現したり、文字列として表したりする身体的・運動的活動でもあります。そしてそれらのスキルはすべて「練習」(practice)によって進歩するという点で共通しています。練習とは同じ活動を繰り返すことです。最初はゆっくりと、注意深く、関連する知識や記憶を確認し、時おり誤りをおかしながら進んでいきます。少し慣れてくると、一つひとつの動作に注意をしなくても、いくつかの動作が連繋するようになり、スムーズに進行するようになります。やがて、自分でも進歩したことが自覚できるほどになります。しだいに動きの流暢さが増し、自然になり、意識的な努力なしにできるようになります。しかしある程度までいくと、進歩が感じられなくなります。完全とは言えないまでも、ある種の熟練に達したように思われます。しかし自分が達成した熟達度には満足せずに、そのスキルのさらなる練磨に生涯をかける人もいます。

 ‘Practice makes perfect’ ということわざがあります。英和辞書の多くは「習うより慣れよ」という日本のことわざを当てていますが、この日本語は少し意味が違います。 ‘perfect’ というのはことわざ特有の誇張であって、この英語のことわざは練習の大切さを強調したものです。それは「一にも二にも稽古」」と言う相撲の親方のことばに似ています。練習に関する心理学の実験もそのことを裏づけています。練習によって同じ仕事の所用時間が短縮され、誤りが減少します。その練習効果は初期の段階で最大となり、しだいに減少幅は小さくなります。これは「練習のパワー法則」として広く認められています。

 ところで、この練習の効果はなぜ起こるのでしょうか。練習するとなぜ時間が短縮され、誤りが減少するのでしょうか。いろいろな学説が登場しましたが、かなり説得力のあるものを一つ紹介しましょう。それはアンダーソン(J. R. Anderson, 1983)の提案した ‘ACT’ (Adaptive Control of Thought) と呼ばれる認知学習モデルです。名称はさておいて、このモデルによると、あるスキルが習得されるためには、まずそのスキルの遂行に必要な情報を集め、すでにある知識を記憶から取り出し、何を行なうかを理解します。これが第1段階で、ここでは関連するさまざまな知識(言語スキルでは語彙や文法の知識)が利用されます。第2段階はそのスキルを実行する段階ですが、ここでは実行のためのノウハウが必要になります。はじめは第1段階で使った知識を参照しながら試行錯誤的に進むので、時間がかかります。しかし何回か同じ手順を繰り返している間に、その手順が効率的に組織され、それが新しいノウハウの知識として蓄積されていきます。第3段階はそのスキルがより速く自動的に行なうことができる段階です。ここでは第1段階で利用した知識はもはや参照する必要がなくなり、ノウハウの知識のみによって手早く仕事を進めることができます。

 最近の脳科学は、言語の語彙・文法などの知識に関係している脳の部位と、言語スキルに用いられるノウハウの知識(「手続き的知識」と呼ばれている)に関係している脳の部位とが、それぞれ独立していることが明らかになったと報告しています。そうだとすれば、アンダーソンのACT理論は脳科学によって支持されたことになります。また、高度に自動化されたスキルは非常に特殊化されているので、スキル使用の条件が少しでも違うと練習の効果が失われることも分かっています。ということは、理解のスキルが産出に転用されるわけではなく、スピーキングのスキルがそのままライティングに利用できるわけでもないということです。これらの事実を踏まえて、次回に文法学習のまとめをしたいと考えています。(To be continued.)